先日、同業他社を買収した山本社長は、前回(第83回)の賛多弁護士からのアドバイスを聞いて、M&A後のPMI(統合作業)を進めてきましたが、賛多弁護士に再度相談に来られました。
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山本社長:前回、先生から、まずは統合後の経営理念やビジョンを明確にした方が良いというアドバイスをいただきましたので、それに従って、早速、売手側の経営者とすり合わせて、新しい経営理念を策定しました。その後、統合チームを作って事業計画の策定に取り掛かりました。
賛多弁護士:それは素晴らしいことですね。
山本社長:事業計画を策定したものの、特に売手側の従業員から多くの不満が出てしまって大変困っています。どうしたらいいのでしょうか。
賛多弁護士:まず事業計画を作成する目的から考えてみましょう。策定した経営理念、ビジョンやミッションという内容は抽象的ですので、それを従業員に示しただけでは従業員はどう行動したらいいか分かりません。そこで、経営理念等を実現するための具体的な方法や数値目標に落とし込んだものが事業計画なのです。
山本社長:なるほど。事業計画と経営理念とは関連しているのですね。
賛多弁護士:はい。ところで統合チームを作成したということですが、売手側の従業員もメンバーに入っていますか。
山本社長:当初は売手側の経営幹部もメンバーに入れていたのですが、議論が全くかみ合わないので、最終的には買手側のメンバーのみで策定しました。
賛多弁護士:それはよくないですね。それでは、売手側の従業員にとって、買手側の価値観を一方的な押し付けだという誤解を生みかねません。売手側の経営幹部もメンバーに入れて一緒に協議するべきです。もし議論がかみ合わないのであれば、社長や外部専門家が間に入って調整することが重要です。
山本社長:わかりました。もし私が間に入っても解決しなければ、先生にお願いします。それから、事業計画の作成に関しては具体的にどのように行うべきものなのでしょうか。
賛多弁護士:まずは統合後の会社の現状分析を徹底的に行うことです。両者の会社の内部環境(強み、弱み)と外部環境(機会、脅威)となる点を統合チーム内で出し合いましょう。この抽出作業について否定的な意見をいうのはご法度で、些細なことでも思いつくことは全て挙げていくことがポイントです。この提出された意見を基に議論すれば、統合後の会社の強みや課題、シナジーが明確になってきます。
山本社長:売手側の経営幹部から提出された意見は私の経験や常識と全く異なる考え方だったため、ついつい否定的に扱ってしまいました。現状分析をした後はどうすればいいですか。
賛多弁護士:現状分析を踏まえて、統合後の会社の強みを活かし、シナジーが発揮できる方向で、統合後の会社としての目指すゴールイメージを見つけます。そして、そのゴールイメージの内容を行動計画や数値目標などで具体化します。そのときに、従業員がどのように行動したらよいか分かるように具体的施策(アクションプラン)まで検討します。
山本社長:せっかく作成した事業計画も、計画の実現に向けて従業員がどう行動したらよいか分からないと意味がないですものね。
賛多弁護士:はい。そのためにも具体的な施策は、実際の現場の各従業員の意見も聞きながら策定するのが望ましいと思います。
山本社長:わかりました。やることが沢山あって時間がかかりそうですね。実は、統合後の効果が見られないないため、すでに従業員のモチベーションが下がってきているようですが、どうすればいいでしょうか。
賛多弁護士:できれば小さな成功体験をいくつか示すことです。例えば、PCや制服などの備品を新しくしたり、明らかに重複する無駄な経費を削減するなど、従業員にも目に見える形の統合メリットを見つけて実行するのが良いと思います。
山本社長:ありがとうございます。早速やってみます。
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前回(第83回「M&Aを実施したが期待した効果がでない…」)ではPMI(Post Merger Integration)の必要性とその概要を説明しましたが、今回は経営統合の具体的なやり方を説明します。大企業と中小企業ではやり方が異なりますが、ここでは中小企業を念頭におきます。
まずは統合後の会社としての経営理念の策定から始めましょう。ここで注意が必要なのは、売手側の従業員にも受け入れやすい内容となるよう売手側の経営者とともに検討することが重要、ということです。共に検討した結果、従前の買手側の経営理念と大して変更なくても問題はありません。
次に、統合作業を行うチームの組成を行います。PMI作業は経営面(例えば経営方針、企業文化、経営体制の統合など)、事業面(売上増加やコスト削減などのシナジーを実現)、管理面(人事、会計、法務、ITなどの統合)など多岐に亘りますので、社長一人で実行するのは困難です。そこで役割分担の観点から、統合チームを組成し、具体的な検討作業はそのチームに任せ、社長は最終決定を行うというのが良いと思います。その際メンバーの選定では、売手側の経営状況を一番理解している売手側も加えるべきです。両者の企業文化が異なることから擦り合わせがスムーズにいかないことはむしろ一般的ですが、どうしてもうまく進まない場合には社長や外部の専門家が調整役となることも考えられます。
それではいよいよ事業計画を策定です。まずは統合後の会社のSWOT分析(強み・弱み・機会・脅威の抽出・分析)です。このSWOT分析が十分できない場合は、統合前の別々の会社ごとのSWOT分析から始めてください。そして議論を通じて、統合後の会社としての強みを活かし、シナジーを発揮できるような統合後の会社としての事業展開の方向性(目指すゴールイメージ)を見つけ、そのゴールイメージを行動計画や数値目標等で具体化します。併せて、ゴールイメージを実現するための具体的なアクションプランも策定します。アクションプランは、従業員がいつまでに何をすればいいか分かるように5W1Hの視点から出来る限り具体的に策定するのが望ましいです。
またM&A後の会社では、従業員は統合のメリットがすぐに目に見えないと不安になりモチベーションが下がってしまう傾向にあります。その場合には、社長自らが従業員とコミュニケーションを取ることも大切ですが、従業員が使う備品を新しくしたり、明らかに重複する経費を削減するなど、従業員がM&Aしてよかったと思えるような小さな成功体験(クイックウィン)を示すことも大切です。
なお、上記の内容については前回でも取り上げた中小企業庁「中小PMIガイドライン」でも紹介されていますのでご参照ください。
中小企業庁 「中小PMIガイドライン」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 北口 建