※本コラムは2021年3月の繁栄への着眼点を掲載したものです。
「無知の知」とは、古代ギリシャの哲学者であるソクラテスが、「知らないということを自覚する」という哲学の原点を簡略化して表現した言葉である。
考え方に対する姿勢として今でも生きている言葉だ。
私が卒業した玉川大学の創始者である故小原國芳先生は明治以降の日本の教育の開拓者と言われている。
『教育というのは実に不平等である。「人間皆平等」とは言うが、先生という立場の人間は、壇上という一段高い場所から生徒を見おろし物事を説かなければならない。であるなら、それだけの覚悟を持った人間しかその場に立ってはならないし、それだけの人格を持った人間しかその場に立ってはならない』その小原先生の教育論は、私にも大きな影響を与えた。
全てにおいて完璧である必要はない。ただ、全てにおいてバランス感覚がなくてはいけない。全てを知っている必要はない。寧ろ知らないことを認められる姿勢が重要である。多くの人はそれを認められない。社長にも多い。
社長は仕事の全てにおいて完璧でなくてはいけないのか。そんなことはない。
創業者は何でも自分でやってきたから詳しい。しかし、二代目以降の人間は、年上部下の方が詳しかったりするものだ。そこで謙虚になれるか、なれないかで道は大きく分かれる。
私が尊敬する二代目社長たちは、「工場のことは工場長の方が詳しいから」などと、分からないこと出来ないことを認める勇気を持っているという共通点がある。
日本経営合理化協会の姉妹会社である日本印刷の社長である熊谷もそうだ。熊谷は銀行出身で、日本経営合理化協会に入協し、専務理事まで務めた。日本印刷においては最年長でありながら、印刷についての知識は一番低い。私も無茶を頼んだと熊谷と熊谷の奥さんには頭が上がらない。その熊谷は、社員の前でも堂々と、「俺は印刷のこと何も知らないから。印刷については頼むから教えてくれ」などと言い放ち社員たちをよく纏めてくれている。いま一度言うが、分からないこと出来ないことを認められるかどうかだ。
謙虚になれる人は、自分より出来る人をどう活かすか考える。謙虚になれない人は、自分より出来る人を遠くに置くように考える。そして使いやすい人をそのポジションに置く。そういう傾向がある。古くからいる社員に謙虚に接し、自分よりその分野で優れていることを認める。人間はそういう人に対して安心感を持つものだろう。
特に、昨今は新型コロナウイルスの影響で、全ての分野でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいる。こういう分野においては20代、30代の社員の方が圧倒的に詳しい。私もいつまでついて行けるか分からない。
二代目の人も、三代目の人も、中継ぎの人も、重要なのは大きな流れの中で、自分の役割を自覚することだ。そして正しく采配をしなければならない。
※本コラムは2021年3月の繁栄への着眼点を掲載したものです。