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人間学・古典

第6人目 「本多静六」

渡部昇一の「日本の指導者たち」

 リーダーには国を導く首相から、プロジェクト・チームの中心人物に至るまでいろいろある。『孫子』の教えなどは大部分が首相級の人に対する教訓であるが、もっと小さなグループでのリーダーの例をあげてみよう。
 本多静六は、極貧の中から身を起こして、東大最初の林学博士になった人である。東大教授として広く活躍したが、全国の国立公園や日比谷公園など、本多博士の力によるものが多い。
 個人的には、多数の学術書や啓蒙書を出した著述家であると同時に、経済的にも巨額の私産を作り、一時は淀橋区(だいたい今の新宿区)で一番の高額納税者でもあった。
 そして晩年は老夫婦が暮らしてゆくだけの資産のほかはすべて――今のお金で何十億か何百億円相当――をすべて公益事業に寄付した人である。
 本多博士がなくなられたとき、中央大学総長の林頼三郎博士は「本多博士の前に本多博士なし。本多博士の後に本多博士なし」と書いた。そんな「人生の達人」である本多博士の中年の頃の話である。
 大東京の水源地である多摩川上流の水源林(すいげんりん)は、今でこそ素晴らしい大森林であるが、明治三十年頃は濫伐と焼畑のため荒廃寸前で、土砂は流れるし、水源は涸渇するし、一寸した雨でも洪水になるといった情況であった。
 それでも当時の東京府に委託された本多博士は、帝室林野局長官の岩村通俊と交渉し、八千二百余町歩の広大な森林を、一町歩八十二銭というタダみたいな値段で東京府に買い取らせることに成功した。
 その大成功に引続き本多先生は東大教授のかたわら、東京府水源林の経営監督まで引き受けさせられてしまった。ここで問題になったのは雑木処理のための製炭事業であった。つまり木炭の製造と販売の問題である。
 いろいろ苦労しながら十年かけて、ようやく軌道に乗ってきた時に、府から市に経営移管されることになったのである。そこに浮び上がったのは炭焼き人夫の「下がり」処分であった。
 元来、官庁の会計規則では出来上った炭にしか代金を支払うことはできない。しかし当時の炭焼人夫は資力がないから、何から何まで立替えて前渡しをしてやらなければならなかった。その家族の病気の世話から味噌・醤油まで前貸ししてやったのである。これを当時は「下り」と言っていたのである。
 それは売却利益の中で徐々に消すことにしており、当時はその「下り」も二、三年で完全に帳消しになる予定であった。ところが急に移管引き継ぎということになり、会計規則違反の赤字が出ることになった。
 それは当時としては相当大金の七千五十円十銭(家が五軒建つぐらい)という額である。本多博士には法規上の責任はないが、このままだと自分の監督下にあった営林署長以下が処分を受けなければならない。それで本多博士は全部、自分の財産で支払うことにしたのである。
 これを聞いた署長や技師長も東京府から出された解任手当をそっくり出してくれたので、本多博士は結局、四千八百三十七円九十六銭を出すことで一件落着し、問題は一切表面化せず、署長以下も無事だったのである。
 本多先生がその一生にわたり巨大な業績を残されたのは、その下で働く人が、本多先生を信ずることができたからであろう。森林事業には何だかんだと金の問題が出る。規則一本で解決できれば申し分ないが、上記の例のような場合は、汚職でないのに、会計規則違反で罰を受けることもある。そんな時に私財を以って救ってくれる人が上におれば、誰でも安心して仕事ができる。
 ここに私有財産の意味が見えてくる。私有財産で護ってくれる人がついている時は、能力ある人が十分に能力をふるうことができるのである。
 その本多博士にもこんな話がある。三十五歳の時に、すすめる人があって衆議院に出馬しようかなと思ったのである。その時、本多博士は恩師の背水将軍中村弥六先生に相談に行った。その時の中村先生の忠告は大要次のようなものであった。
 「いろいろな連中と会食などする時、みんなの分をそっと払って知らぬ顔ができるかな。月に五百円、年に約六千円いるよ(今なら家が三軒建つぐらいの金額)。そうすれば数年後には幹部にもなれるし、大臣にもなれるかも知れない。しかし自分の意見なんかそんなに通らないし、虚名とひきかえに元の素寒貧(すかんぴん)に逆もどりするかも知れないが、その覚悟はあるかね。」
 そう言われて本多博士は当時の代議士になるのをやめた。似たようなことをして、戦後に外務大臣になった人に、実業家で大金持の藤山愛一郎という人がいる。自腹を切る覚悟ができている人は、その範囲のグループではリーダーになれるであろう。自腹を切れない人は、金を出してくれる人をスポンサーに持つ才能が必要である。

渡部昇一

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〈第6人目 「本多静六」参考図書〉
 「財運はこうしてつかめ」
渡部昇一著
致知出版社刊
本体1800円

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