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人間学・古典

第14人目 「エイブラハム・リンカーン」

渡部昇一の「日本の指導者たち」

 アメリカの大統領の中で、最も高い尊敬を受けているのは、初代のワシントンと、第16代のリンカーンである。アメリカの主都ワシントンを訪ねれば、リンカーンは特別の殿堂に祀られているのを見出すであろう。
 なぜリンカーンは偉い大統領として尊敬されているのか。だいたいの日本人は、あるいはヨーロッパ人も「奴隷を解放した大統領だから」と言うと思う。
 私も30数年前にアメリカに客員教授として渡り、ノースカロライナの大学で教え、そこの人たちと交際するまではそう思っていた。ところがそこの人たち――南北戦争では南部軍側である――はすべて、リンカーンを話題にすれば「統一国家を護った人だから偉い」というのである。
 なるほど南部の人には「奴隷を解放したから」という理由でリンカーンを尊敬するのは少し難しいのではないかと思った。
 ところがアメリカ史を少し調べて見ると、まさにリンカーンの偉さは、合衆国の統一を護ったことであり、奴隷解放ということをリンカーンは大統領選挙のための演説でも、大統領になってからの演説でも言っていない。それどころか「南部諸州が奴隷制を持つ権利は、連邦政府によって干渉を受けることはない」ということをはっきりと言明しているのだ。
 ではなぜリンカーンが大統領になったら南部諸州は分離しようとしたのか。
 それには奴隷に関するアメリカ建国以来の歴史がある。アメリカが独立した時、すでに奴隷制はあったのだが、それについては憲法も明示的に禁止はしていなかった。
 しかし奴隷に頼る綿花農業のない北部諸州では「奴隷制は悪」という考えが次第に強くなり、奴隷を認めないようになって行った。しかし奴隷制をすでに持っている州に干渉する権利があるとは思っていなかった。
 ところがアメリカはナポレオンから広大な西部を買収して(1803年の「ルイジアナ購入」と呼ばれる)どんどん西部に進出し、新しい州が出来ることになった。新しい州が出来たらその州が奴隷を認める州にするか、認めない州にするかが問題となった。
 そして到達したのがいわゆる1820年の「ミズリー協定」であり、これは新しく出来たミズリー州は奴隷州とするが、それより北西部には新しい州が出来ても奴隷州としないということだった。
 ところが、それから34年経ってから、カンザス州やネブラスカ州が出来たとき、カンザス・ネブラスカ法(1854年)が成立した。これは新しい諸州は、住民の投票で自分の州で奴隷を認めるか認めないかを決めてよいとするもので、実質的には「ミズリー協定」を破るものであった。
 それまでは移民は自然に流れ込んでおり、しかもヨーロッパからの者たちが多く、奴隷を持つ気のない人たちが大部分だった。そこで南部の奴隷州は政策的に奴隷制賛成者を送り込みはじめた。
 北部諸州も奴隷制反対者を政策的に送り込みはじめた。(選挙のときに信者や党員をそのためだけに住民票を変更させる日本の政党と似ている)その時までにはアメリカでも人権思想がひろまって、奴隷制に反対する人も増え、これが共和党となった。
 リンカーンは共和党から出て大統領に選ばれた。それを見てサウスカロライナ州が合衆国から離脱を宣言した。
 リンカーンは本当に偉大な政治家であった。彼は「基本的なことには毅然と、妥協できることには妥協を」という方針を守り切った人物であった。彼は合衆国憲法は基本的なことであると考えていた。また奴隷制を基本的に悪だと考えていた。
 しかし奴隷制は自然消滅するものと考え、奴隷州の存在は許容するつもりであり、事実、そう宣言していたのである。憲法ができた時にすでに存在していたものは、それなりの存在の根拠があり合憲的と見なさざるをえず、連邦政府の命令で廃止させることはできないと考えていた。
 しかし奴隷制が悪であることは確かであるから、その制度がミズリー協定を破って合衆国の中に増加することは止めるべきだと考えた。リンカーンの立場はアメリカ憲法の上からも、実際的処置としても、今から見てさえ最も穏当で筋が通ったものである。
 リンカーンの穏和な政策は奴隷州にもよく解っており、サウスカロライナが連邦離脱してからも、ヴァージニア、テネシー、ノースカロライナなどは分離反対であり、ケンタッキー、ミズリー、メリーランドもテキサスもまだ分離に動かなかった。
 しかし些細なことが導火線となり南北戦争という大爆発になった。南部諸州会議の行われたサウスカロライナのチャールストン港の中にサムター要塞という連邦政府の所有する兵器庫があった。
 それは独立戦争の頃からのものである。その守備の司令官はアンダソン少佐であったが、補給を連邦政府から受けることになっていた。サウスカロライナはアンダソン少佐に降伏を求めたが、少佐はこれを拒絶したため戦闘が始まった。
 それ自体は大したことはないものだったが、星条旗が攻撃されたということで、国旗の象徴する政府の大統領であるリンカーンは7万5千の国民軍に動員令を出した。
 南部諸州はサウスカロライナという仲間のために立ち上がった。4年続いた悪戦苦闘中にも、合衆国を守るという基本的なことについてのリンカーンの信念は不動であった。
 またケンタッキーが中立を宣言すると、戦略的に重要なのに手を出さずに、南部軍が侵入すると、直ちにケンタッキーの中立侵害を利用してこの重要な州を味方にしてしまうなど、見事なリーダーシップであった。そして更に重要なことは、敗戦後は南部諸州もリンカーンは正しかったとみんな納得したことである。

渡部昇一

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〈第14 人目 「エイブラハム・リンカーン」参考図書〉 
「リンカーンの世紀」
巽孝之著
青土社刊
本体2400円

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