■保温効果の高い「熱の湯」
凍えるような寒い日に入る温泉は、それだけでもありがたいが、寒い日におすすめの泉質が存在する。「塩化物泉」に分類される温泉だ(以前は食塩泉と呼ばれていた)。
泉質は大きく分けると10種類に分けられるが、塩化物泉は海水の成分に似た食塩を含み、舐めると塩辛いのが特徴だ。海に囲まれた日本では沿岸部を中心に塩化物泉が多く湧き出している。
塩化物泉は「熱の湯」と称されるように、体の芯まで温まり、湯冷めしにくい。皮膚に塩分が付着し、汗の蒸発を防ぐため、保温効果が高いからだ。したがって、寒さが厳しい冬こそ、体の芯まで温まる塩化物泉がおすすめである。
塩化物泉の名湯は枚挙にいとまがないが、今回は一風変わった塩化物泉が湧く温泉地を紹介したい。長野県大鹿村に湧く鹿塩(かしお)温泉である。
■山の中なのに海水のような温泉が湧く
大鹿村は、濃厚な緑がまぶしい山々と村を南北に貫く川が美しい、自然あふれる山村。鹿塩温泉は、南アルプスと伊那山地に挟まれた山深い土地に湧く湯で、日本最大級の断層である中央構造線上に位置している。見渡すかぎり、山ばかりの土地である。
にもかかわらず、海水と同じ濃度の塩分を含んだ温泉が湧き出している。この地を訪れた人の多くが「なぜ、こんな山奥に海水のような温泉が?」と不思議に感じるが、専門家による調査でも、いまだにその原因は解明されていないという。
海の近くに塩辛い温泉が湧くのはめずらしいことではないが、海のない長野県の標高750メートルの山中に、海水のような温泉が湧き出しているのは神秘的でさえある。
鹿塩温泉は小さな温泉地で、「山塩館」と「塩湯荘」の2軒の温泉宿がある。なかでも「日本秘湯を守る会」の会員宿でもある山塩館は、塩分を含んだ塩化物泉(正確には塩化物強塩冷鉱泉)と地元の食材を使った料理が自慢だ。
1枚ガラスをはめこんだ内湯からは生命力あふれる山の緑を望むことができ、まるで露天風呂のような明るい雰囲気だ。秋は紅葉、冬は雪景色が美しいに違いない。
湯が落ちる音以外何も聞こえてこない静寂の世界。頭はひんやり、体はぽかぽか。いつまでも入っていられそうだ。
地元の食材を生かした料理も見事。夏に訪れたときには、さまざまな種類の茄子がテーブルの上に並んだ。「茄子にも、こんなに種類があるんだ!」と新鮮な驚きがある。新潟は茄子の作付面積日本一で、20を超える種類があるという。温泉旅館の料理は記憶に残らないものも多いが、里山十帖の料理は個性的で、思い出として心に刻まれる。
寒さが厳しい冬こそ、雪見風呂が楽しめる旅館を訪ねてみてはどうだろう。温泉の魅力を再発見できるかもしれない。