ITベンチャーの太田社長のもとに、元社員から未払残業代500万円を請求するという1通の内容証明郵便が届きました。しかし、太田社長は、残業手当として毎月、一定額を社員に支払っていたため、未払いの残業代はないと考えています。
太田社長:元社員から未払残業代500万円の請求がありました。
賛多弁護士:御社は残業代をきちんと支払っていましたか?
太田社長:はい。うちの会社では、未払いの残業代が生じないように、残業手当として毎月、一定額を社員に支払っていました。
賛多弁護士:それは固定残業代制といわれるものですね。御社では、社員の労働時間をタイムカードなどで把握して、毎月、実際に生じた残業代を計算していましたか?
太田社長:いいえ、そのようなことはしていません。むしろ、そのような計算が煩雑であるため、固定の残業手当を支給することにしました。
賛多弁護士:では、実際の残業代が残業手当の金額を超えた場合でも、その超えた分を支払うことはしていなかったのですか?
太田社長:そうなります。残業手当は少し多めに払っていたこともあり、社員も賛同してくれていたのですが。
賛多弁護士:固定残業代制でも残業代の計算は必要で、その金額が固定残業代の金額を上回った時は、差額を支払う必要があります。差額の支払いをしていないと労働基準法の規定に反することになり、法的には、残業代を支払っていたことにはなりません。
太田社長:そうなると、残業手当を支払っていたことはほとんど意味がないということですか?
賛多弁護士:意味がないどころか非常にリスクが高いといえます。残業代を支払っていたことにならないため、未払の残業代が発生することは当然のこととして、この未払いの残業代の単価を計算する際に残業手当の金額も含まれることになりますから、残業代の単価、ひいては未払の残業代がそれだけ高額になります。また、固定残業代制を採用すると、残業代の計算をしなくてもいいとの誤解から御社のように社員の労働時間の管理が甘くなり、その結果、社員の長時間労働に気づかず、過労死や過労自殺の発生にもつながります。遺族から会社や経営者に対して損害賠償請求がされれば、非常に不利な結果となることは間違いないでしょう。
太田社長:今後、どのような対応をすればいいのでしょうか。
賛多弁護士:元社員からの未払残業代請求には個別に対応しつつ、御社にとって固定残業代制を続けることにメリットがあるのか検証する必要があります。特段のメリットがないのであれば、固定残業代制は廃止し、通常通り、社員の労働時間を把握して、毎月、残業代を計算の上、支給すべきでしょう。
労働基準法に定める計算方法によって残業代を支給する代わりに定額の残業代を支払う制度を固定残業代制といいます。この制度では社員にどれだけ残業をさせても残業代は一定額に抑えられるため、長時間労働を助長させ、過労死や過労自殺の要因の1つとさえ指摘されるようになりました。このような背景のもと、近年、裁判所では、相当厳しい要件を満たした場合に限って固定残業代制での残業代の支払いを有効にしています。その結果、一定額を残業代として支払っていたとしても、未払いの残業代が発生することが多くなりました。固定残業代制には多くのリスクがありますから、この制度の導入、継続については慎重に検討する必要があります。
(執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田 重則)