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- 第46回 『契約は慎重に!事業者間の「クーリングオフ」?』
1度契約をしたものの、後から不要だったと気づいた場合、契約をなかったことにできるのでしょうか。
飲食業を営む山本社長は、事業者間の契約の取消に関する問題について、賛多弁護士に相談に来ました。
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山本社長:先日、A店で問題が発生しました。調理器具を扱っているX社の営業マンがA店に来て、鍋や包丁を新調しないかと営業をしたそうです。店長は、営業マンの話を聞いたところ、とても良い商品だと感じたので、鍋1個と包丁1本を購入することにして、営業マンの持ってきた売買契約書にサインしました。ただ、店長はその日、とても忙しく、売買契約書をよく読まず、サインしたそうです。
賛多弁護士:日本人は契約書を軽視しがちです。内容をよく読まずにサインすることが多く、そのためトラブルになることが多々あります。
山本社長:そうなんです。X社から届いた箱の中身を確認したところ、大小様々な鍋と包丁が入っており、20万円の請求書も同封されていました。店長は慌てて売買契約書の控えを確認すると、その契約書には「別紙記載の鍋一式、包丁一式」と書かれており、代金も20万円と記載されていました。
賛多弁護士:X社には連絡されたのでしょうか。
山本社長:はい、店長は、X社の営業マンに電話をかけ、「私は鍋1個と包丁1本を購入すると言ったのであって鍋や包丁一式を購入するとは言っていない。契約はなかったことにしてほしい。」と頼みましたが、その営業マンからは「私は鍋一式、包丁一式を購入されると聞きました。売買契約書にもそのとおりに書かれており、店長のサインを頂いている以上、契約をなかったことにはできません。」と断られてしまいました。
賛多弁護士:契約書にそのように書かれている以上、契約をなかったことにすることは難しいですね。
山本社長:そういえば、1度契約してしまっても契約をなかったことにできる制度として、「クーリング・オフ」というものがあると聞いたことがあります。今回の契約は、「クーリング・オフ」の対象にはならないのでしょうか。
賛多弁護士:事業者が自らの営業所等以外の場所で、売買契約等を締結することは、特定商取引法の「訪問販売」にあたります。そして、「訪問販売」の場合には、法の定める書面を受領してから原則として8日間以内であれば、契約の申込みの撤回や契約の解除(クーリング・オフ)をすることができます。
山本社長:今回の場合もまさに「訪問販売」ですよね?、だとしたら、当社はX社に対してクーリング・オフを主張できるのではありませんか。
賛多弁護士:いえ、残念ながら、特定商取引法の適用があるのは、事業者が「消費者に対して」行う訪問販売であって、事業者が「事業者に対して」行う訪問販売については、特定商取引法の適用はありません。そのため、事業者が「事業者に対して」訪問販売をしたとしても、クーリング・オフはできないのです。
山本社長:。では、店長は、鍋1個と包丁1本を購入するつもりで、誤って「別紙記載の鍋一式、包丁一式」と記載された売買契約書にサインしてしまったのですから、この誤解を理由に売買契約をなかったことにすることはできないのでしょうか。
賛多弁護士:確かに、民法上は、内心と異なる意思を表示してしまった場合、「錯誤」としてこれを取り消すことが認められています。今回のケースで言うと、店長さんとしては、内心では「鍋1個、包丁1本を購入する」という意思を持っていたものの、誤ってこれとは異なる「鍋一式、包丁一式を購入する」という意思を売買契約書によって表示してしまった、ということになりますから、「錯誤」にあたります。
山本社長:ということは、売買契約の取消しを主張できるのですね。
賛多弁護士:法律上は、そのような主張をすることはできます。しかし、店長さんの「鍋1個、包丁1本を購入しようと考えていた」という内心を証明することは難しいと思います。また、X社も店長さんが内心ではそのように考えていたということを認めることはしないでしょう。このように、法律上主張できることと実際にその主張が通用するかは別問題なのです。
山本社長:なるほど。特に事業者間の取引については、後からなかったことにすることは難しいということがよく分かりました。今回は、20万円で済みましたが、うっかり契約したために経営にも大きな影響を与えるということもあると思います。契約書にサインするときは慎重に契約内容を確認する、ということを会社として徹底していきたいと思います。
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本来、契約が成立すると、契約時に交わす解除事項を満たした場合や契約の相手方に債務不履行がない限り、契約を解除することは出来ません。しかし、契約が成立しても後からこれを解除したり、取り消すことができる場合があります。
代表的なものとしては、特定商取引法の「訪問販売」、「電話勧誘販売」、「特定継続的役務提供」(エステ、語学、家庭教師、パソコン教室、結婚紹介サービスといった継続的なサービス提供)などが挙げられます。このような取引にあたる場合には、法の定める書面を受領してから一定期間の間は、クーリング・オフをすることで契約を解除することができます。もっとも、これは事業者間の取引には適用されないため(特定商取引法第26条1項1号、50条1項1号)、注意が必要です。
また、消費者契約法は、「うそを言われた」、「不利になることを言われなかった」、「必ず値上がりすると言われた」など、消費者が事業者から不当な勧誘を受けて締結した契約を取り消すことを認めています。しかし、これも当然ながら事業者間の取引には適用されません。
民法上は、錯誤取消(民法95条)、詐欺・脅迫取消(民法96条)という制度がありますが、これが適用されるのは限られた場面であり、また、実際上、錯誤があったことや詐欺や脅迫を受けたことを立証するのは難しいというハードルもあります。
以上のとおり、特に事業者間の取引においては、法律上は、1度交わした契約をなかったことにすることは非常に難しいと言わざるを得ません。逆に考えてみてください。簡単に契約をなかったことにできるとすれば、事業者のあなたは安心して取引を行うことができますか?ですから、法制度上、事業者間の契約の解除、取消は容易には認められないのです。事業者としては、このことを念頭において、慎重に契約内容を検討することが求められます。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田 重則