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交渉力を備えよ(45) 首脳会談は人間と人間の勝負

指導者たる者かくあるべし

  首相の田中角栄、外相の大平正芳らを乗せた日航特別機は1972年(昭和47年)9月25日朝、北京に向けて羽田を飛び立った。

 政権発足から2か月半。この間にハワイでニクソンと行った日米首脳会談で日米安保体制堅持を訴えた上で日中首脳会談を認めさせ、自民党内タカ派の反対も押さえ込んだ。

 タカ派にしてみれば、「どうせしくじるだろう」と冷ややかに見ていた。それだけに失敗は許されない。いきなり政局の泥沼に引きずりこまれることになる。

 機中で田中は大平に、「オレは細かいことは知らんよ」と言った。大平は「ああ。アンタは大局さえつかんでおけばいい」と答える。

 細部の主張と合意文案の詰めは、外相以下の事務方がおこなう。大将の役割は、主張のずれの解決、妥協を政治的に決断することにある。

 五日間の北京滞在中、周恩来との間で首脳会談は四回行われた。まずは率直に相手の出方を探ることに田中は徹した。

 最大の難問は、それまで日本側が中国唯一の合法政権としてきた蒋介石率いる台湾問題の取扱いであった。

 北京に到着した午後に行われた第一回会談で、記者たちが退席したあと、社交辞令をそこそこに田中はいきなり本題に踏み込んだ。

 「蒋介石をどう思いますか?」。唐突な切り出しである。

 「彼は中国人の代表である」と周。

 「しかし、あんたたちは、互いにいがみ合ってきた」といぶかる田中に、周は再びいう。

 「蒋介石は世界に誇る中国人の代表の一人だ。なぜなら、彼は第二次大戦を通じて一国の統帥権を連合国に委任しなかった」

 田中はその懐の深さに感じ入るとともに、台湾問題解決の脈を感じた。率直に言おう。

 「日本では台湾問題は、まだ決して消化されていない。私もまた総裁選挙も総選挙もやらねばならない。党内だけでも多くの問題を抱えている。そこを決断してやって来た」。

 周の鋭い視線に向けて、率直な物言いの奥に、《国境7千キロを接するソ連との間で緊張を抱える中国も外交面で日中国交正常化が必要でしょう。さあ、互いに譲るべきは譲ろうじゃないか》の意思をにじませる。口には出さず腹を探る。

 「首脳同士の話し合いは、事務当局が用意したトーキングペーパーに書いてないところでやり合うんだ。それでも周恩来と私の間では、話はすべて通じ合った」

 そう回想する田中だが、上々の滑り出しを見せた会談は決裂の危機に向かう。     (この項、次回に続く)

 

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

  • 参考文献

『早坂茂三の「田中角栄」回想録』早坂茂三著 小学館
『田中政権・八八六日』中野士朗著 行政問題研究所
『田中角栄の資源戦争』山岡淳一郎著 草思社文庫
『記録と考証 日中国交正常化・日中平和有効条約締結交渉』石井明ら編 岩波書店
『求同存異』鬼頭春樹著 NHK出版

 

 

 

 

 

 

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