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故事成語に学ぶ(40) 常山の蛇

指導者たる者かくあるべし

 「ワンチーム」の理想
 国内各地で開催中のラグビーワールドカップの一次リーグで、日本代表(世界ランク9位)がアイルランド(同2位)に勝利した。四年前の前回大会で優勝候補の南アフリカを破った時に、「歴史的大番狂わせ」として話題になったが、今回の勝利は、勝つべくして勝った。その戦いぶりを辿ると、『孫子』の兵法を地で行くものだったから、驚いた。

 まず、今大会に向けて指揮を執ってきたヘッドコーチのジョセフは、チーム一体となった戦い方「ワンチーム」の理想を掲げてきた。初戦のロシア戦で一人で3トライを挙げて勝利に貢献したウイングの松島選手は、勝因について聞かれ、自らの活躍には触れず「ワンチームでやってきたから」と語った。
 ワンチームで戦いきる強さついて、『孫子』も「九地篇」で強調している。
 〈善く兵を用うる者は、たとえば率然(そつぜん)の如し。率然とは常山の蛇なり〉(巧みな軍のリーダーは、常山に住むという「率然」という名の蛇のように軍を動かす)。
 伝説によると、この蛇は頭を攻撃すると尾が反撃し、尾を攻めると頭が反撃する。中心を攻撃すると頭と尾が同時に反撃してくる。
 日本の防御ラインの穴を攻撃しようと突進するアイルランドの選手はことごとく日本の執拗なタックルに前進を阻まれ、日本選手は、一人で止められないとなると、二人、三人がかりで連携してタックルで仕留めた。アイルランドは、まるで常山の蛇を攻撃しているような焦りを覚えたに違いない。
 
 「防御は計算できる」と読んだヘッドコーチ
 戦前の予想は、アイルランド圧勝であった。その経験とフィジカルな差は余りに大きかった。日本代表は4年間かけて、ディフェンスを徹底して鍛えてきた。この連載でも触れたが、『孫子』は、「攻撃は、相手の対処の仕方が意のままにならないが、守備は自らに属するもので計算できる」と守備第一主義に立つ。
 ディフェンスだけでなく、ジョセフは、体格差が如実に現れるスクラムで押されない工夫を徹底して鍛えてきた。そして選手たちはそれを試合で実践して見せた。「守りきれれば、負けない。そして勝てる」と選手の誰もが信じて試合に臨んだ。
 試合後、ジョセフは、「全てゲームプラン通りに選手たちがやってくれた」と振り返った。ゲームプランとは、前半は守備を徹底して不用意なミスを防ぎ、得点差をつけられないようについていく。後半、相手の防御が乱れてきたらすかさず攻撃して逆転する。
 前半は、9対12でピタリと追い、後半に逆転。まさにゲームプラン通り、孫子の兵法通りの経過を辿り勝利をつかみ取ったことになる。
 
 戦う前に勝って戦いに挑む
 試合当日の朝、ジョセフははやる選手たちに語りかけたという。
 「(世の中の)誰も勝てるとは信じていない。でも俺たちがやってきたことは誰も知らない。自分たちを信じて戦おう」
 勝利の余韻も冷めやらないグランドで、司令塔のスタンドオフ・田村は言った。
 「われわれは、ロシア戦の後の一週間、勝つと信じてその準備をしてきた。そして勝った」
 『孫子』の冒頭の「計篇」にこうある。
 〈それ未だ戦わざるに廟算(びょうさん)して勝つ者は、算を得ること多ければなり。(中略) 算多きは勝つ〉(戦う前に敵味方の力を冷静に見てシミュレーションして勝つというのは勝算が多いからだ。勝算が多ければ、実戦でも勝利する)
 シミュレーション通りに勝つためには、ミスがあってはならないのは当然だ。桜戦士たちは、ほぼノーミスで戦いきった。ノーミスの戦いを支えたのは、血反吐を吐くほどの練習量と、選手たちがいう自信。さらにその自信を戦いの直前に思い起こさせたリーダー、ジョセフの一言だった。
 この一文が読者の目に届くころ、悲願のベスト8進出に向けた激しい戦いがまだ繰り広げられているだろう。
 このチーム、期待していい。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『孫子』金谷治訳注 岩波文庫
『孫子』浅野裕一著 講談社学術文庫

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