新任の部署で張り切っていたところ、前任者時代はイキイキと仕事に取り組み実績を上げていた部下が、
あなたの就任以来、態度も投げやりになり、成績も次第に下がり始めた……。
こうした「過去実績社員」はもとより、その他の部下を前に、新任上司としてまず心すべき最大テーマは、
いかに部下の心をつかむかということである。
その具体的な方策について考えてみたい。
「用兵の道は、心を攻むるを上となし、城を攻むるを下となす。
心戦を上となし、兵戦を下となす」
リーダーシップを論ずる本によく引用される言葉である。
南蛮征伐を前にして、諸葛孔明に戦の真のあり方を問われた馬謖(ばしょく)は、こう答えた。
意味するところは、
「およそ戦というものは、城を攻めるは下策、心を攻めるのが上策だ。
武器をもって制圧したところで、いつかはまた反乱がおこるに違いない。
心を服せしめることを第一に考えるべきだ」
ということである。
諸葛孔明が描かれている『三国志』の時代といえば、漢王朝崩壊前後の紀元三世紀。
その時代から、人の心をつかむことが治世の要諦といわれているわけだが、
一方では、それだけ難しいということでもあろう。
諸葛孔明に関して、もうひとつ引用してみよう。
10万の兵をもって遠征に出かけた際に、
休息を与える意味で、十人に二人の割合で一時帰国させるシステムを採用したという。
つまり、二万人の兵には休暇を与え、八万人で戦う態勢を常時とした。
ところがある時、敵の大軍を前に不安をつのらせた部下が、
この制度をやめてはどうかと進言することになる。
これに対して、諸葛孔明はいかに答えたか。
「武を統(す)べ師を行(や)るに、大信を以(も)って本となす」
(部下に対していったん約束したことは守らなければならない)
と、ついぞ八万態勢を崩すことはなかったのである。
部下の心をつかむ第一は、この「約束を守る」ことにある。
例えば、ビジネスの世界では、「おまえに任せた」といった場面はよくあるものだ。
ところが、責任者としては失敗は絶対に回避したい。
そこで、「任せた」と言っておきながら、結果が出る前に次の手を準備する。
(そのこと自体は、危機管理面からはひつようなことではあるが)
しかし、任せられた本人が、もしそのことに気づいたとしたら、どう思うであろうか。
野球でいえば、「このピンチはおまえに任せた」といいながら、これみよがしに
リリーフ投手にウォーミングアップの用意をさせるようなものだ。
部下は、そのあたりに実に敏感に反応する。
「新任のボスは、オレを信じていないのか…」との考えにいたっても仕方ない。
言葉とは反対の態度を示されると、心はあなたから離れていく。
あるいは、結果ばかりを気にして顔色を伺うようになるものだ。
いったん口から出したからには、約束を守ること。
これを実行していくことによって、部下は心を開いてくるものだ。