※本コラムは2020年6月号「ビジネス見聞録」に掲載したものです。
新型コロナウィルスの感染拡大にともなって在宅勤務が奨励されるようになり、「テレワーク(リモートワーク)」が注目されるようになりました。そもそもテレワークとは、どんな働き方なのでしょうか。一般社団法人日本テレワーク協会の主席研究員の富樫美加さんにお話しを伺いました。
●地価高騰への対応策として誕生
――日本テレワーク協会は、セミナーを開催したり、先進企業を表彰したり、書籍を出版するなど、様々な方法でテレワークの普及啓発活動に取り組んでいますが、まずは、日本テレワーク協会が誕生した背景から教えてください。
当時は、まだインターネットの商用接続サービスが始まっていなかったので、郊外や地方に専用回線を敷いたオフィスを用意して、企業に貸し出す専用オフィスの形でスタートしました。通勤時間を短くするなどワーク・ライフ・バランス的なコンセプトもありましたが、1番の目的はひっ迫したオフィス需要に対応することでした。
1991年3月にはバブルが崩壊しますが、直前まで東京を中心に地価が猛烈に上昇していました。景気がいいから都心にオフィスをつくってビジネスを拡張してきた企業が多かったわけですが、その地価の水準は、もはや都心にオフィスをつくれないレベルに達していました。そこで、郊外や地方にサテライトオフィスをつくり、東京への一極集中を緩和しようとしたのです。
●インターネットの普及とテレワーク
――2000年に日本サテライトオフィス協会から日本テレワーク協会に名称変更していますが、その理由は?
インターネットの商用接続サービスがスタートして、テレワークの可能性が広がったことですね。
日本経済は、バブルが崩壊するとともに、長い停滞期に入りました。一方で、95年から日本でもインターネットの商用接続サービスが始まりました。その後、インターネットの高速化、スマートデバイスの登場、クラウド化の進展をはじめ、インターネットを巡るサービスは早いスピードで進化していきました。
わざわざ専用型のサテライトオフィスを作らなくても、パソコンがあれば、インターネット経由で様々なアプリを利用できるので、モバイルワークや在宅ワークが可能になってきました。モバイルワークが広がれば、移動中や出張中などの隙間時間に仕事ができるので仕事の効率があがります。
また、在宅勤務が広がれば、子育てや親の介護など、家を離れるのが難しい事情がある人でも働けます。このような様々な可能性が見えてきたので、サテライトオフィスだけではなく、より幅が広い働き方を対象にできるテレワークの普及に取り組もうということになり、「日本テレワーク協会」に変更したのです。
日本テレワーク協会では、テレワークを「情報通信技術(ICT = Information and Communication Technology)を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方」と定義づけています。
●テレワークに期待される7つの効果
――テレワークには、様々な効果があるようですが、代表的なものを教えてください。
大きく分けて7つの効果に集約できます。まず企業にとっての効果は、労働生産性の向上です。仕事に合わせて働く場を選べるので、時間のムダを省き迅速な対応や業務効率の向上が期待できます。
2つ目は、優秀な社員の確保につながることが挙げられます。テレワークを利用すれば育児や介護と仕事の両立がしやすくなるので、離職の防止につながります。また人材採用もしやすくなります。
3つ目は事業継続性の確保(BCP)。災害時や、現在の新型コロナ感染症のようなパンデミック時に働く場所を分散できるので事業継続につながります。4つ目がオフィスコストの削減効果。出勤する人の人数が減り、オフィススペース、交通コストなどの削減につながります。5つ目は社会にとっての効果で雇用創出。育児中の方、高齢者や障害者、遠方居住者などもテレワークで雇用されるという形も出てきています。
6つ目は環境負荷の軽減。通勤客の減少によって交通機関やオフィスの省エネにつながります。最後7つ目は、個人にとってのワーク・ライフ・バランスの実現。働く場所の裁量が大きくなるので、移動に費やす時間などが短くなり、家族と過ごす時間や自己啓発に取り組む時間などが増加します。
このような多様な効果を期待できるので、国も企業も積極的にテレワークを推進しようとしているのです。
●東日本大震災と働き方改革
――新型コロナウイルス対策で在宅で勤務することを奨励されると、多くの企業が意外とスムーズにテレワークに切り替えられたような印象を持ちましたが、企業のテレワーク導入への取組みは、どのような感じなのでしょうか。
多くの大企業は、2000年くらいから、福利厚生施策のひとつとしてテレワークの制度を整えていました。主な対象は、ちょうど育休を取るような年齢の女性です。女性の労働力率は、結婚や出産の時期に当たる年代に一旦低下し、育児が一段落した時期に再び上昇するといったV字カーブを描くので、継続して働けるように、このV字カーブの谷になっている人たちを対象にしたのです。 しかし、テレワークは、一部の特権を持つ人だけの働き方と受け止められ、制度はあっても利用者はほとんどないという状態で推移していました。
急激に増えたのは2011年の東日本大震災の時です。原子力発電所の爆発などもあり、BCP(Business Continuity Plan=事業継続性計画)に対する関心が高まり、事業継続の観点から、本社を東京から大阪に移し、東京の従業員はテレワークで仕事をするといった会社が非常に増えました。
しかし、この動きはブーム的に収束してしまいました。が、この間にも、少子高齢化による労働力不足が現実味を帯び、グローバル化による付加価値競争が激化するなど、日本の経済や社会に対する大きな変化が起きました。テレワークの普及への本格的な取組みが始まったのは2015年、第二次安倍内閣の時ですね。少子高齢化による急速な労働力の減少が、日本の大きな社会課題として認識され、働き方改革が政策の柱になりました。
そこで、政府も「一億総活躍社会」というスローガンのもとで働き方改革を促すためにテレワークの普及に力を入れるようになってきたのです。テレワークにより多様な働き手が労働に参加できるようになり、労働生産性も上がり、労働力不足に対抗できるからです。
そのため、厚生労働省の働き方改革推進支援助成金(テレワークコース)をはじめ、国は様々な助成制度がつくられました。自治体でも支援を講じています。東京都では、「ワークスタイル変革コンサルティング」「はじめてテレワーク(テレワーク導入促進整備補助金)」「テレワーク活用・働く女性応援助成金」などを用意しています。
●大企業の導入率は7割以上
――助成金をはじめ、いろいろな施策が講じられてきたようですが、こうした働き方改革の推進によって、テレワークは、どのくらい普及していったのでしょうか。
ところで、コロナ対策で、多くの企業が、在宅勤務に切り替えたことで、テレワーク=在宅勤務といったイメージが強くなりましたが、平常時は、社員全員が在宅で働くという状況は想定してはいません。目指しているのは、「今日は家にこもって集中したから」「子供のお迎えで早めに仕事を切り上げなければいけないから」といった仕事の都合や個別の事情に合わせて自由に働く場所を選べるようにすることです。要は、働く場所はオフィスでなくても構わないわけですね。
小さい時からスマホやタブレットPCなどに触れてきた若い世代からは、柔軟な働き方を可能にするテレワークの導入は「働き方ホワイト企業」と評価されます。テレワークを導入したら多数の応募者が集まるようになったといった中小企業もでてきました。
●テレワークを導入するためのポイント
――コロナ対策として、テレワークに関心をもつ企業が増えてきましたが、導入のためにはどんなことが必要なのでしょうか。
まず、整えなければならないのは労務管理でしょう。通勤していた時の勤務管理方法や労働時間制をテレワークに合わせたルールに変更する必要があります。
また、今回のように、緊急事態宣言が発令され、在宅勤務の期間が長引けば、通勤手当、通信費、光熱費などの負担に関するルールはあらかじめ決めておき、社員に周知しておく必要があります。
ICTシステムについては、①在宅でインターネットにつながるPC、②紙の資料の電子化、③在宅から電子化された情報にセキュリティを守りながら、アクセスする手段、これらの3つの措置は最低限必要です。今回のように多くの人が長期間にわたってテレワークを利用する場合は、上司は部下の進捗管理や成果の把握をどのようにすればいいのかといった問題もでてきます。
そこで、たとえば部下は、「朝は今日の予定」を、「夕方はその日の成果」をメールや電話で上司に報告するなどといったルールを決める必要があります。ただし、こうしたルールづくりは現場に任せるよりも、会社のルールとして従業員に周知徹底させるほうが効果的です。
また、オフィスで顔を合わせていれば、「あの人は忙しそうだから、ちょっと手伝おう」とか、「今、上司の手が空いているから、相談にのってもらおう」といったことが当たり前のように行われますが、テレワークだと、そういう気配は分かりません。コミュニケーションが希薄になりがちなのでグループチャットやオンライン会議をはじめ、話しかけツールを用意することも大切になってきます。
いくら準備を整えていても、実際に運用してみると予想外のことも起こります。とくに今回のように学校が休みになって子供が家にいれば大切な客との電話中、オンライン会議の最中などにこどもが騒いで仕事にならないといった事態が頻発しています。このような状況を上司が理解し、部門で共有していかなければ部下のストレスは溜まっていきます。
テレワークの導入や運用については、現場任せにせず、人事などがテレワークの問題を吸い上げ、解決して、共有するといった会社としての課題解決の仕組みを作ることが必要だと思います。テレワークの導入に際して、平常時ならばまず、小さな組織でトライアルし、問題点を洗い出して、解決してから全体に広めるというやり方ができますが、今回は働き方を変える準備が整わないまま全社でテレワークを始めざるを得ませんでしたが、そこで課題解決の仕組みを組織的に持たないと、生産性も下がってしまう恐れがあります。
●テレワークに向く仕事・向かない仕事
――今後もテレワークを快適にする様々なツールが登場すると思いますが、テレワークは、どこまで広がっていくのでしょうか。
デスクワークの相当部分がテレワークに移っていくと思いますが、向かない仕事もあります。たとえば、新しい商品やサービスを比較検討したり決定する段階に入ったら、対面でディスカッションをしないと不安でしょう。また、複雑な調整が必要な業務などもオンラインだけで済ますのは難しいかもしれません。
個人情報を扱う仕事、経理の送金のような不正が起きるとまずい部署なども、テレワークには向きません。また、A3の大きさの資料づくりといった家庭のプリンターでは物理的に対応できない仕事もあります。だから導入にあたって、まずはテレワークに向く仕事と向かない仕事を分ける必要があります。その上で運用のルールをきちんと作り、問題があれば改善する。
このような流れができれば利用者が増え、満足度が高いテレワークになります。テレワークの導入により、「仕事のデジタル化が進む」「不要な仕事をやめられた」等の効果もあります。今回、社会実験的に多くの企業がテレワークを行ったことで、「面談は対面で」「ハンコ文化」といったビジネス慣習もかなり変わっていくと思います。(聞き手 カデナクリエイト/竹内三保子)
富樫 美加氏(とがし みか)
一般社団法人日本テレワーク協会主席研究員。NTTの民営化一期生として入社。NTTでは広報、マーケティング、サービス開発や法人営業などを担当。2015年から現職。高度成長からバブルへ、そしてインターネットの登場と経済のグローバル化、大災害の経験、そしてIoTとAIの時代へ。日本人の働き方が大きく変わる時代に、テレワークという新しい働き方の普及に関わってきた。
※本コラムは2020年6月号「ビジネス見聞録」に掲載したものです。