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故事成語に学ぶ(34) 進むには名を求めず、退くには罪を避けず

指導者たる者かくあるべし

 「君命を受けず」の条件
 前回書いたように、兵法書『孫子』において孫武(そんぶ)は、「君命も受けざる所あり」として、現場において敢えて命令違反の行動もありうると説いた。このままでは、軍の基本である命令・指揮系統は混乱するばかりである。

 抗命には、厳しい条件があると解説しているのが、「地形篇」である。

 

 組織(国家、企業)防衛が唯一の目的
 地形篇で孫武は、こう書く。
 「敵を料(はか)りて勝ちを制し、険易・遠近(地形)を計(はか)るは上将の道なり」〈軍を預かる将軍というものは、敵情を冷静に分析して勝利に向けての方策を立て、付帯条件として敵との遠近、その地形が険しいか平坦かを計算する〉。
 そして、「勝てると判断すれば、主君が戦いを避けよと命じても敢然と戦っても構わない。逆に勝算がないと判断すれば、戦えとの命令があっても戦わなくともよい」というのだ。これが、〈あらかじめ勝算の立たない一か八かの戦いはするな〉という『孫子』を貫く大眼目である。勝利という大目的のためには、「君命も受けざる所あり」なのだ。
 このあと、孫武は、、命令違背を正当化する絶対条件について、重要な警句を記す。
 「進むには名を求めず、退くには罪を避けず」〈君命を振り切って戦いに突き進むときでも、功名心から行動してはならず、君命に背いて退却するときにも、その後に待ち構える責任追及から逃れようとしてはならない〉。その覚悟があっての抗命なら許されると強調している。
 現実に、組織・企業内の「一大勝負」において、往々にして見られるのは、勝算五分でありながら、成功後の評価を狙っての博打的独走や、現場の独自判断で失敗した後の責任逃れは日常茶飯事だ。孫武は、それを厳しく戒める。
 さらに、「君命に背いてまでの行動」が許容される条件について、こうある。
 「ただ、民をこれ保ちて、しかも利の主に合う」〈ひたすらに国民=兵士の安全を保持して、それが結果的に命令を下したトップが目指していた国益に叶う〉
 
 名誉心、保身を捨てよ
 いまの企業に置き換えるなら、「社長を支える現場の部署長は、己の名誉心や保身を捨てて、社員、会社のため、虚心に行動せよ」ということになろうか。表面的に解釈して誤解しがちな「造反有理(謀反にこそ正しい道理がある)」とは程遠い教えである。
 将軍と国家、幹部社員と会社の関係と行動倫理は永遠の課題である。江戸時代の儒学者で、「実戦的軍学」を目指した山鹿素行(やまがそこう)はこう嘆く。
 「この場面は戦わないほうがいい、と思いながらも、戦わないと皆の非難を浴びるからと、必要のない合戦に挑んで敗れるというのは、名誉のために戦っているだけで、本当の忠義とはいわない。軍の進退について命令に背くに当たって(名誉追求、責任逃れという)自己の利益から離れることこそ、忠義であるが、これはなかなかに難しいことなのだ」 

  

 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『新訂 孫子』金谷治訳注 岩波文庫
『孫子』浅野裕一著 講談社学術文庫
『孫子諺義』山鹿素行注・解 国立国会図書館デジタルコレクション

 

 

 

 

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