この4月1日から改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就労機会の確保が企業の努力義務となりました。労働人口が急速に減少していく中にあっては、生涯現役を目指す高年齢者に対する就労環境づくりは、企業の人材確保戦略面からも重要なテーマですから、今後の企業の動向が注目されるところです。
かつて定年退職というと、会社での仕事から離れ、自分の好きなことや家族との時間を大切に過ごすことが生活の中心となるイメージがありました。今日の60歳定年は通過点、仕事からの完全引退はもっと先にあるというのが多くの方の実感ではないでしょうか。
私が社会人になった80年代半ばは満55歳定年が適法の時代でしたから、近い将来に満70歳まで就労するとなると、その当時より15年間も雇用期間が延びることになります。高卒18歳で入社した社員が満60歳または満65歳で正社員での定年を迎え、更に継続雇用期間を経て満70歳まで勤め上げれば、なんと通算52年間、すなわち半世紀を超えてわが社に勤務することになるわけです。
こうした大ベテランのシニア社員が、完全に引退するときに「この会社で勤め上げてよかった」と思えるように送り出せるかどうかが、私はカギになると思っています。というのも、現状の65歳までの継続雇用制度の運用を見ても、中小企業においては、そのシニア社員の生活に配慮し、プライドを尊重し、何より社員の幸せに寄り添った対応をとるということがなかなか難しいことだと感じているからなのです。
継続雇用制度による嘱託再雇用とはいっても、多くの中小企業では定年到達前と全く同じ仕事を任されています。しかし、給料は定年前より大幅に減額されていることが多いのが実状。役職定年制を導入している会社であれば、役職定年(例えば55歳)で役職位を外れた時点で賃金が減額され、定年到達後の再雇用時には更に賃金が減額されます。
仕事に誇りをもって臨んでこられたベテラン社員でも、今後は処遇が下がりこそすれ上がることのないという状況の下では、モチベーションを高く維持していくのは難しいことです。役職定年制がなくとも40~50歳代で、実質的な戦力外通告がなされている状況でも同じことが言えます。
また、経営者として、「お荷物」社員には慎重に対処したいという気持ちはわかるのですが、「長年、同じ釜のメシを食った仲間」が、次第に下ばかりを向くようになって、最後には会社に恨み言を吐いて辞めていくなどということは、本来あってはならないことです。しかしながら、最高裁まで争った長沢運輸事件や名古屋自動車学校事件(名古屋地裁)などを見ていると、嘱託再雇用となった社員のプライドや生活への配慮、同じ会社の仲間としての思いやりにかけるケースが思いのほか多いように感じるのです。ひょっとするとこの「お荷物」は、会社自身が創り出しているのかもしれません。
社員の幸せなリタイアメント(引退過程)をどう考えるかは、定年間際の社員に対しての問題ではなく、すべての社員に対峙する会社の基本姿勢に係る問題です。これからの人口減少時代、高齢者にも存分に実力を発揮していただき、生産性の向上を図らなければなりません。そして、社員が最後に会社を去るときに「ああ、充実した会社人生だった」と思わせることのできる会社を目指していただきたいと思います。