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- 故事成語に学ぶ(24) 二柄(にへい)は刑と徳なり
部下掌握の要点
リーダーのありようを鋭く説く思想家・韓非(かんぴ)の至言のひとつである。「柄」とは器の取っ手のことで、ここでは君主が心がけるべき人心掌握の要点をいう。
韓非によれば、それはたった二つに尽きるのであって、「刑」と「徳」だとする。刑とは、処罰し死罪にすることで、徳とは、誉めて賞を与えること。現代では、死罪に値することはまずないが、信賞必罰の重要さを説いている。
今風に言うところの「権力の源泉は、金(予算権)と人事権にあり」という原則のうちの人事権の掌握を強調している。時代が移っても変わらぬ当たり前のことなのだが、韓非はこれに関連してリーダーがうっかり陥りがちな注意点を指摘している。
権威を代行させるな
韓非によればこういうことだ。
〈えてして、この世で部下というものは、気にくわない者がいると、リーダーの処罰権をかすめ取って運用しようとする。逆に気に入ったものがいると褒賞を与える権限をうまく手に入れて使おうとするものだ〉
賞罰の権限はリーダーが自ら行使すべきことは当然だが、〈いくら信頼しているとしてもその部下と相談して賞罰を行うことになれば、国中(社内中)の人々は、その部下を恐れて、リーダーを軽視するようになる〉
「よきにはからえ」式の側近任せの賞罰人事は、権力の離反を招く。どの社会でも起こりうることだ。皆さんの社内に置き換えてみても、社員は、誰がこの賞罰を決めたのかに敏感だ。ちょっと振り返ってみても、真の権力者にすりよるようになる事例はいくつも経験がおありだろう。
さらに進めば、下克上を招く
この刑と徳の二権を部下の手に明渡せば、やがてリーダー自身がその部下にコントロールされるようになるという。
韓非は、歴史的にもこうした事例は枚挙にいとまがないとして例を挙げる。
斉国の簡公が徳(褒賞)の権限を臣下の田常に使われ、ついには田常に殺され、国を乗っ取られた。また、宋国の王は、部下から、「死刑や処罰は民に恨まれるでしょうから、王は携わらず私にお任せください」と言葉たくみに持ちかけられて、処罰権を失った結果、この部下に権力を奪われた。「二柄をうちどちらかを部下に渡した挙句、身を危うくさせて国を滅ぼさなかった者はいない」と警告している。
「虎が犬を抑え込めるのは、爪と牙があるからで、犬にそれを使わせたら、虎は犬に負ける」と韓非は比喩する。
「必罰人事で、恨まれるのは嫌だ。な、部長頼むよ」「めんどくさいな」ーその安易な人任せによって生じた小さな穴から、大河の堤防も崩れることがあることをお忘れなく。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考文献
『韓非子1』金谷治訳注 岩波文庫