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第164話 中国、政策大転換 市場は歓迎

中国経済の最新動向

 中国政府は深刻な停滞に陥る経済を立て直すため、昨年12月以降、ゼロコロナ政策の撤廃、不動産規制から支援への転換、IT業界への締め付けから成長促進への転換など政策大転換を行っている。市場はこれらの転換を歓迎し、国際投資銀行による2023年中国経済見通しの上方修正が相次いでいる。

 

◆「ゼロコロナ政策」を撤廃し「ウイズコロナ」へ

 これまで、習近平政権は「ゼロコロナ政策」を約3年間にわたって堅持してきたが、昨年12月7日からこの政策を撤廃し「ウイズコロナ」に転換した。また、今年1月8日より入国者に対するPCR検査を行わず、義務付けられてきた隔離措置も撤廃した。「ゼロコロナ政策」は完全に終了することになった。まさに180度の政策転換だった。

 

 急転直下の政策転換の背景には次の3つの要素が働いている。

 

 まず、人間が新型コロナウイルスに勝てない事実を認識し、理想主義の「ゼロコロナ」を撤廃し現実主義の「ウイズコロナ」に転換することが世界の潮流にかなう、という習近平政権の思考回路の転換だ。

 

 2つ目は全国各地で発生した大規模な抗議行動に示された「ゼロコロナ政策」に対する民心の離反だ。特に若者たちが抗議行動の中心となり、共産党政権及び習近平本人に対する不信感が広がることは、政権側の強い危機感を引き起こし、「ゼロコロナ政策」撤廃の原動力となった。

 

 3つ目は共産党一党支配の正当性は経済成長にあるが、「ゼロコロナ政策」は経済や雇用に深刻な打撃を与え、政府も企業も家計も赤字に陥る元凶となっている。不人気の「ゼロコロナ政策」は共産党支配を揺るがす要素となっており、それを見直さないと、習近平政権は不安定に陥る可能性が極めて高い。

 

 昨年10月に5年に一度の党大会が開催し、習近平総書記の3期目任期が決まった。今年3月に全人代を経て習の側近である李強氏が首相に選出され、習近平3期目体制が本格的に船出する。新体制の下で、疲弊した経済の復興に全力投球するには、「ゼロコロナ」から「ウイズコロナ」に転換し、集団免疫の実現を急ぐ必要がある。

 

 要するに「ゼロコロナ」も「ウイズコロナ」も共産党一党支配維持のためだ。

 

 ただし、あまりにも急激な政策転換のせいで、政府も病院も国民もコロナ感染の爆発的拡大に備えず、医療逼迫や薬不足など全国的な混乱が起きている。

 

 「ゼロコロナ政策」撤廃後の1カ月余り、中国のコロナ感染は世界に前例がないスピードと規模で拡大している。中国疾病コントロールセンター(CDC)の呉尊友・首席疫学専門家の推計によれば、1月20日まで「既に全国で約80%の人が感染した」という。11億2000万人が感染した計算になる。また、政府の発表によれば、12月8日から1月12日までの間にコロナ感染し病院で死亡した人は5万9938人、13日から19日までの1週間で1万2658人、累計で7万人強が死亡した。自宅で死亡した人を加算すれば、この数字を遥かに上回ると見られる。中国の国民は「ゼロコロナ政策」の撤廃によって大きな代償を払っている。

 

 しかし、「ゼロコロナ」政策撤廃のタイミングについては確かに異論があるが、政策転換自体に反対する声が上がらず、抗議行動も起きていない。ゼロコロナからウイズコロナへ転換する方向性が間違っておらず、国民は「ゼロコロナ政策」から解放され行動の自由を得たからだ。

 

 ちなみに、中国衛生当局によれば、1月18日時点で、全国各省・直轄市、自治区の発熱外来、救急車搬送、重症者など患者数はすべてピークアウトとなった。うち、発熱外来はピークより94%減少、ゼロコロナ撤廃前の昨年12月7日の水準に戻った。救急、重症者の患者数もピーク時よりそれぞれ44%、44.3%減少した。コロナ感染拡大の山を既に越えたと言ってもいいと思う。

 

 

◆IT業界締め付けから成長支援へ

 2つ目は、IT業界に対する締め付け姿勢から成長支援への方針転換だ。

 

 中国政府がIT業界に対する締め付けを強めたのは2020年11月からだ。同月5日に中国ネット通販最大手のアリババグループの子会社で、電子決済サービス「アリペイ」を運営する「アント・グループ」は上海と香港の両証券取引所に新規上場する予定だったが、直前に急遽中止となった。そのきっかけは、アリババ創業者である馬雲(ジャック・マー)氏の当局批判発言と見られる。馬氏は10月24日に上海市内で開かれたセミナーで、金融当局の責任者たちの前で、「中国の問題は金融システムのリスクではなく、金融システムがないことだ」「良いイノベーションは監督を恐れない。ただ、古い方式の監督を恐れる」と体制批判を展開した。

 

 馬氏のこの発言は最高指導者を激怒させた結果となった。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、習近平国家主席が金融当局にアントの上場を調査し、中止させるよう命じたという。

 

 翌年4月10日、中国国家市場監督管理総局がアリババに対し、「独占禁止法違反」という理由で182億元(約3,050億円)に上る巨額罰金を科すと発表した。自社通販サイトの出店企業に、競合サイトとの取引を認めない慣行を問題視し、当局が処罰に踏み切ったのだ。罰金額は、2015年米国半導体大手のクアルコム社に対して同じく独禁法違反で科した罰金額約10億ドル(約1,100億円)の3倍に当たり、規模として史上最大だった。

 

  「資本の無秩序拡張を防止」という大義名分の下で、アリババに対する懲罰はほかのIT企業にも広がる。ネット出前大手の美団、ネットサービス大手の騰訊(テンセント)、ネット通販大手の京東集団と拼多多(ピンドゥオドゥオ)、配車アプリ最大手の滴滴出行(ディディ)、検索大手の百度など、中国IT大手のほとんどは様々な理由で罰金の支払いを命じられた。いずれも民間企業だ。

 

 IT業界に対する締め付けの副作用が深刻だ。IT産業の国内総生産は2018年に前年比27.8%増えたが、22年1~9月は前年同期比8.8%に失速した。22年中国経済成長率は3%で政府目標の5.5%を遥かに下回る水準だが、IT産業の低迷が重要な一因と見られる。

 

 IT業界の低迷は税収減少や若者雇用悪化にも繋がり、政府の危機感を強めている。そこで習近平政権は政策転換に動き出した。

 

 昨年12月15~16日に開催された中央経済工作会議で、IT企業成長支援政策が打ち出された。

 

 さらに、今年1月6日、中国金融監督当局トップの郭樹清氏は「プラットフォーマー企業14社の金融業務は基本的に是正を完了した」と宣言した。それを受け、ニューヨーク証券取引場に上場しているアリババグループの株価は昨年10月24日の58.01ドル(最安値)から今年1月20日終値の119.32ドルへと2倍強も急騰した。ニューヨークや香港に上場しているほかの中国IT企業も揃って株価が大幅に上昇している。

 

 

◆不動産支援に方針転換

 3つ目は不動産取締り強化から規制緩和への転換である。

 

 中国政府は住宅投資の過熱や価格の高騰など不動産バブルを抑制するために、2020年夏に不動産引き締め強化に乗り出した。中国人民銀行は将来の金融危機を防ぐことを目的に、不動産開発会社の債務動向を監視・管理する手段として「三道紅線」(3つのレッドライン)という措置を導入し、借り入れ制限や債務リスク抑制対策を打ち出した。

 

 具体的には、

①総資産に対する負債の比率が70%以下

②自己資本に対する負債比率が100%以下

③短期負債を上回る現金の保有、

という3の指針が設けられる。不動産企業はクリアできなかった指針の数に応じて4段階に分類され、銀行からの借り入れ規模などが制限される。

 

 この3つのレッドラインによって、銀行が不動産融資を相次ぎ縮小し、貸し渋りに直面する不動産企業の多くは経営危機に陥った。その代表例は広東省広州市に本社を置く恒大集団である。いわゆる「恒大危機」である。

 

 金融引き締めによる不動産不況は深刻だ。国家統計局の発表によれば、22年不動産投資が前年比で10%減少、1992年統計開始以来初の減少となった。21年に比べれば、不動産業界の融資額が25.9%減、新規着工面積は39.4%減、売上が26.7%減となり、いずれも衝撃的な数字だった。

 

 建設業を含む広義不動産産業は中国GDPの25%を占める重要産業だ。不動産は都市部住民総資産の60%、不動産関連融資が銀行融資の約40%、不動産関連収入が地方政府財力の50%をそれぞれ占める。不動産不況の長期化は経済成長のみならず、地方財政や金融システムにも悪影響を与えている。

 

 停滞する中国経済を立て直すためには、不動産引き締めから支援への政策転換が不可欠だ。そこで、金融当局は昨年党大会以降、不動産市場に対する包括的な金融支援策をまとめ、従来の引き締め政策の調整に着手した。今年に入ってからは不動産支援策を具体化する動きが活発している。

 

 中国人民銀行によれば、具体的な不動産支援策は次の通りだ。

①「3つのレッドライン」の数値目標を緩和する

②業界再編推進へ金融資産管理会社向け資金計画を支援する

③未完成物件の引き渡し支援のために2000億元融資計画

④1000億元の賃貸住宅向け融資支援

この政策転換によって、構造改革より安定成長を重視する中国政府の姿勢が鮮明になった。

 

 

◆市場は中国の政策大転換を歓迎

 金融市場は中国の政策大転換を歓迎している。

 

 株式市場では、1月20日の上海株価総合指数(終値)は3264.81で、昨年末(3089.26)に比べれば5.7%上昇。同期間の香港ハンセン指数も11.4%も上昇した。

 

 為替市場では、1月20日の人民元対ドルレートの中間値は6.7702元=1ドルで、昨年末時点より2.8%の元高となっている。

 

 中国の政策大転換を受けて、国際投資銀行は23年中国経済見通しを相次いで上方修正した。スイスのUBSは従来の4.5%から4.9%へ上方修正。ゴールドマン・サックス(GS)は5.2%から5.5%へ、モルガン・スタンレーは5%から5.4%へと、それぞれ上方修正を発表した。中国社会科学院は5.1%と予測。

 

 要するに23年中国5%成長は投資者のコンセンサスとなっている。中国政府の今年経済成長目標も多分5%以上と設定される見通しである。

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