賃上げの波は中小企業にも押し寄せている
コロナ禍の回復を待たず原材料やエネルギー価格高騰の影響を受け、中小企業の経営環境は依然として厳しい。そんな中で大企業の賃上げの波は次第に中小企業にも押し寄せており、中小企業でも賃上げの選択を余儀なくされる状況が近づいています。
賃上げによって、採用面で優秀な人材の確保、定着率向上、モチベーションアップに繋がりますが、他方で人件費コストが増加するため、賃上げに取り組むかを慎重に検討しなければなりません。
賃上げの方法としては、ベースアップ、定期昇給、賞与などが考えられます。それぞれ賃上げを行う目的、コスト面などを考慮して選択する必要があります。
ベースアップは全従業員の基本給を一斉に増加させるもので、昨今の物価高に対する従業員の生活の安定を目的として導入する企業が増えています。但し、一度上げた賃金水準は今後も維持しなければならないため長期的に人件費が増加することを織り込む必要があります。
定期昇給は定期的に賃金を上げる制度です。定期昇給は全従業員一斉に上げるのではなくまた必ずしも定期的に必ず昇給するというものでもありません。制度設計により従業員の成果や会社の業績に応じて昇給の有無や昇給額を決めることができるため、成果や業績の要素を織り込むことでモチベーションアップの効果があります。しかし、賃金アップが確実ではないので必ずしも従業員の生活の安定に繋がるものではありません。
賞与は、業績や成果に応じた一時的な賃金の支払ですので、同じく従業員の生活の安定に繋がりません。しかし、将来の人件費アップに繋がらないことから会社としては支給のハードルは低いといえます。
ベースアップや定期昇給によって一度上げた賃金を下げるには就業規則の不利益変更に該当するため、簡単に下げることができません。
就業規則を不利益に変更するには合理性が認められなければならず、合理性のない就業規則の不利益変更がなされた場合は労働条件として労働者を拘束しません。合理性の有無は、
①労働者の受ける不利益の程度
②労働条件の変更の必要性
③変更後の就業規則の内容の相当性
④労働組合等との交渉の状況
⑤その他の就業規則の変更
に係る事情に照らして判断されます。このうち①個々の労働者の受ける不利益の程度と②会社の労働条件の変更の必要性を基礎に比較衡量し、その他の事情も加味して総合判断されます(労働契約法10条)。特に賃金や退職金などを労働者に重要な権利や労働条件を引き下げる場合は高度の変更の必要性が要求されるため、賃金水準を下げるには経営状態が悪く再建が必要な場合などに限定されることになります。そのため賃金アップについては長期的な観点から判断する必要があります。
このような賃上げにより企業としては将来にわたり固定費が増加しますが、それを緩和する制度がいくつか用意されています。例えば中小企業向けの賃上げ促進税制です。雇用者全体の給与総額を前年度と比べて1.5%以上増した中小企業には、増加分の15%を法人税額から差し引かれます。給与総額を2.5%以上増やせば税額控除は30%です。教育訓練費を10%以上増やすと上積みされ、最大40%の控除が受けられます。
その他にも賃上げした中小企業には、業務改善助成金、キャリアアップ助成金や、事業再構築補助金、ものづくり補助金などが利用できるよう設定されています。要件を満たす場合には資金繰りが楽になりますので是非ご活用ください。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 北口 建
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