不景気になると、新商品・新サービス・新市場・新規事業を求めて右往左往しがちだ。
たしかに、日々新たなことにチャレンジする精神は重要である。
しかし、付和雷同して、「あっちの水は甘そうだ」とお尻に火が付いた状態で闇雲に走り回っても、生兵法は
大ケガの元だ。
たいてい、他人の畑は良く見える。ところが、何事も言うは易く、行うは難し。
どんな分野でも食べて行くことは簡単なことではない。ずっとその道一筋の人でも生き残るのが難しいのに、
今まで経験もまったくない慣れてもいない人がいきなり新しいことをやっても、そう簡単にうまく行くはずがない。
もし仮に、「ビギナーズ・ラック」で、最初うまく行ったりしようものなら、なおさら危ない。
それはただのギャンブルでしかない。
ギャンブルと同じで、深みにハマり、結果はロクなことにならない。
やはり、いつの世も、どんな生業であろうと、仕事は「本業第一」だ。
本業から時間をかけて着実に、少しずつ根を張り、枝を伸ばした分野であれば、
それは自分も社員も仕入先も得意先も銀行も納得できるし無理はない。
しかし、そういった新たな仕事を考えるよりも前にやるべきことがある。
「灯台下暗し」で、足下の商機を見逃していることが多いのだ。
「昔取った杵柄」というように、過去に慣れ親しんだ仕事は、
しばらくのブランクがあっても基本的な要領はわかっているし、勘を取り戻すのに比較的時間がかからない。
「今さら何でまた?」と自分で思うようなことにこそ、往々にして意外に大きな鉱脈が眠っている。
以前に手掛けた時から数えて、気が付けば、20年~30年以上も経っていることもよくある。
「十年一昔」と言う通りだ。
また、英語でGENERATION(ジェネレーション)とは30年を表わすように、
30年経つと、一世代入れ替わっており、以前の世代のことは新たな世代の目には、まったく未体験の
新しいものに映る。
自分では「古い」と思い込んでいるものが、今や斬新な最先端のものである場合も少なくない。
しかし、過信してはいけない。
「年年歳歳花相似たり、年年歳歳人同じからず」。
まったく同じように見えても、市場はまったく変わっている。
世の中は常に移り変わる。
過去に、その仕事をやめた理由、やめざるを得なかった理由、縮小せざる得なかった理由があったはずだ。
すべてが同じはずがない。似て非なるものであり、らせん階段を1周上に上った所にあると考えるべきだ。
1年生になったつもりで、一から謙虚に取り組まねばならない。
過去のままではなく、今の時代に合ったアプローチ方法や商流を見出して行くことが重要である。
以下、温故知新、不易流行の視点から、「昔取った杵柄マーケット」を掘り起こしている3つの成功事例を
ご紹介しよう。
◆サントリー「ハイボール」の人気復活でウイスキーが増産
景気低迷を背景に酒税額は14年連続で減少を続けている。
つまり、ビール、日本酒をはじめあらゆるアルコール飲料の需要が減っているのだ。
ところが、2009年頃から「ハイボール」の人気が復活し、ウイスキーが増産に転じている。
2011年度も前年同期比で8~10パーセント程度もウイスキーの消費量が伸びると予想されている。
「ハイボール」とは、言わずと知れた、ウイスキーをソーダ水で割ったカクテルの一種だ。
40代以上の世代には懐かしい酒に違いない。
昭和30年代(1960年前後)に人気を呼んだトリスバーで、トリスウイスキーのハイボールは
「トリハイ」「Tハイ」とも呼ばれ親しまれたものだった。
しかし、1980年頃には街の酒場から姿を消し、「ハイボール」という言葉自体が死語となっていた。
たまに飲んでいる人がいたとしても年輩者に限られ、「オヤジが飲むダサい酒」のイメージが定着していた。
これに対して、2008年の秋から、サントリーが、女優の小雪やお笑いコンビのおぎやはぎらを起用した
テレビCMを放映し、市場においても、アルコール離れが進んでいる20代・30代の若い世代に、
「ハイボール」を積極的にアピールした結果、人気が復活したのだ。
若者にとってはまったく新しい飲み物として広がり、年配の世代には青春期に親しんだ手軽に飲める酒として
再び受け入れられている。
その戦略について、マーケティングの戦略的フレームワークである「4P」の視点から分析してみよう。
「4P」とは、アメリカのマーケティング学者、ジェローム・マッカーシーが提唱した考え方で、
製品(Product)、価格(Price)、プロモーション(Promotion)、流通(Place)の頭文字を取ったものだ。
・製品(Product)
まず、製品(Product)だが、「ハイボール」を知らなかった世代に対して、
今までにないアルコール飲料として斬新なイメージを打ち出し、
ソーダで割ってハイボールにすることで飲みやすくなり、食中酒として最適であることをアピールした。
ウイスキーのアルコール度数は40度前後だが、ソーダと1対3~1対4で割ると度数は8~10度になる。
炭酸で割ることでさっぱりとした甘みを感じる口あたりになるが、果汁入りのチューハイなどと比べると
甘過ぎず、揚げ物などとの相性もいい。
友だちや異性と食事中にも気軽に飲めることを訴求したのだ。
その結果、バーで年配の男性が飲むものだったウイスキーを、居酒屋やカフェや自宅でワイワイと
盛り上がりながら飲めるものにしたのだ。
・価格(Price)
価格(Price)の安さも魅力だ。
実際、居酒屋や立ち飲み屋で、ハイボールの価格はビールよりも安い。
ビールが400円くらいのところ、ハイボールは300円程度だ。
不景気と震災後の先行き不透明感から、店で飲む時間が短くなり、客単価も低下している。
ポケットマネーで飲めるハイボールが歓迎されるのは当然だ。
また、自宅で飲む場合にも安い。
「家飲み」(飲食店ではなく仲間の自宅に皆で飲食物を持ち寄って楽しむこと)」という言葉が流行語になるほど、
消費者は「ネスティング志向」(巣ごもり志向)を強めている。
例えば、サントリーの「角瓶」(700ml/1485円)1瓶で約23杯のハイボールを作れる。
量販店などでウイスキーと炭酸水を安く購入できれば、1杯100円以下で飲める。
不況が「ハイボール人気」の追い風となっているのだ。
・プロモーション(Promotion)
テレビCMが空軍だとすれば、フィールドでの地道なプロモーションは陸軍だ。
山崎や白山への「蒸溜所ツアー」、「ウイスキーと食のマリアージュ」、「シングルモルトとショコラの
マリアージュ」といった、ウイスキー・ファンを増やすための様々なイベントを積み重ねて来ている。
また、インターネット時代、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)時代、スマホ(スマートフォン)時代
に合わせた
プロモーション活動にも力を入れている。
WEBサイト上に「ハイボールの作り方」を掲載したり、ブロガーを招いて講習会を行ったりもしている。
ツイッターやフェイスブックを通じて、20代、30代の消費者に、真新しい飲み物として広まったことも大きい。
一方、健康志向が高まる中で、他のアルコール飲料に比べて蒸留酒であるウイスキーのカロリー低さが、
メタボを気にする消費者に伝わっている。
・流通(Place)
サントリーは若いファン層を獲得するために、
「角瓶」で作った「角ハイボール」を取り扱ってくれる飲食店を大都市部から全国に広げて行っている。
これらの店舗では、いちいちグラスにウイスキーとソーダを入れてかき回さずとも、
簡単に冷えたハイボールを提供できる「角ハイボールタワー」という専用サーバーを設置している。
これによって、ビールを注ぐように次々に客に提供することが可能となったのだ。
また、コンビニエンスストアをよく利用する若い層の「家飲み需要」をつかむために、
ポケット角瓶(180ml)とソーダと特製ジョッキが入った「角ハイボールセット」(980円)を発売。
飲みたくなれば、いつでも自宅で手軽にハイボールが楽しめるようにした。
サントリーは「ハイボール」という、まさに「昔取った杵柄マーケット」の掘り起こしに成功したのだ。
◆小田原鈴廣かまぼこの「板わさ」キャンペーン
○「老舗にあって老舗にあらず」
小田原鈴廣かまぼこ(神奈川県小田原市、鈴木博晶社長)の創業は、1865(慶応元)年、
4代目村田屋鈴木権右衛門が、小田原代官町に網元漁商を営む傍ら、副業としてかまぼこの製造を始めたことに
始まる。
その後、6代目廣吉のときに、かまぼこ製造を本業とし、屋号を「鈴廣」と改める。
そして1951年、「株式会社鈴廣蒲鉾店」として会社組織に改組。
今年で創業146年を迎えた、かまぼこ製造販売のリーディングカンパニーである。
かまぼこは高タンパクで、健康食品として知られる納豆でさえ一つ足りない必須アミノ酸をすべて摂取できる
栄養的に非常に優れた、究極のアンチエイジング(抗加齢)食品である。
昨今、〈食べるエステ〉ともいわれ、再び注目を
集めている。
同社のモットーは「老舗にあって老舗にあらず」。
日本固有の伝統健康食であるかまぼこだが、同社は常に新鮮さを失わない。
単なる「伝承」ではなく、「伝統」なのである。
「伝承」とは同じ様式を確実に伝えていくことだが、
本来、「伝統」とは「伝える」+「統べる」、つまり伝えるのみならず、時代に合わせてコーディネートすることを意味する。
業界に先駆けて、保存料や人工着色料の使用を全面的にストップしたり、
いち早く、製造行程の自動ライン化を実現し、高い品質管理・衛生管理技術を誇る。
子どもたちに楽しくもっと食べてもらおうと、グループの村田屋権右衛門商店では、
水産練り製品業界で初めて、ウォルト・ディズニー・ジャパンとキャラクター契約を結び、
切っても切ってもディズニーの人気キャラクターが出てくるかわいい切り出しかまぼこを製造。
ミニカーの「トミカ」とコラボレーションして、イカ墨の黒色と白のツートンカラーのパトカー型かまぼこを
販売し、話題を呼んだ。
また、新しい魚の食べ方提案として魚肉ペプチドからつくった「サカナのちから」を発売。
同社の長年にわたる魚のアミノ酸に関する研究成果として誕生した世界初の栄養補助食品で、
生活習慣病の予防、高齢者介護の床擦れ予防などに朗報となっている。
まさに、「アンチエイジング企業」なのだと言えよう。
○「板わさを楽しむ」
その鈴廣が、近年、「板わさを楽しむ」と題したキャンペーンを展開し、話題を呼んでいる。
http://www.kamaboko.com/itawasa/
「板わさ」とは、薄切りにしたかまぼこに、少量のわさびと醤油を付けて食べる食べ方で、
言わば、昔ながらのかまぼこの食べ方の定番である。
自宅での朝、昼、夜の食事はもとより、蕎麦屋や和食店でも提供される。
同社では、エリアごとに期間限定で、人気のお店とタイアップして、
その料理長が創作した、お店ごとの自慢の板わさを味わえるようにしているのだ。
今まで展開したエリアは、小石川、上野界隈、墨田区向島・本所、神田、深川、日本橋、文京区、
有楽町、赤坂、池袋・駒込・大塚、新宿東口、恵比寿、中目黒、上野・菊屋橋、川崎、横浜、横須賀、
伊勢佐木、鎌倉・藤沢、茅ヶ崎などだ。
タイアップする店舗は、蕎麦屋や和食店をはじめ、沖縄料理店や西洋料理のお店もある。
それらの店舗で提案されるものは、昔ながらの板わさに加えて、従来のイメージを覆す「オシャレ板わさ」だ。
旬の素材を使ったり、ソースやディップを合わせてのせる、はさむ、かけるなど
「板わさ」ならぬ「板わざ」(板技)といった感じの見た目にも楽しい進化したかまぼこだ。
また、世界最優秀ソムリエコンクールで日本人で初めて優勝した、
ソムリエの田崎真也氏の監修による「お酒と楽しむ板わさレシピ」の本を、
キャンペーン期間中、対象となる商品を購入した人全員にプレゼントしている。
さらに、「秋、板わさ投稿企画」として、「我が家のかまぼこのある風景」と題して、
かまぼこに関するエピソードを投稿してもらうイベントを行ったり、
「秋、板わさtwitter」を設けて情報発信に努めている。
「板わさ」という「昔取った杵柄マーケット」を、新たなアプローチ方法で掘り起こしているのだ。
◆ブレイク必至の「ビーチテニス」の仕掛人
(左)五輪正式種目も期待されるビーチテニス
(右)ビーチテニス界の川渕チェアマンと呼ばれるJBTA山田眞幹会長
そんな中、テニスを新たな視点からメジャーにしようする仕掛人が現れ、注目を集めている。
その男は、“テニス界の川渕チェアマン”の異名を取る、社団法人日本ビーチテニス協会(JBTA)協会の
山田眞幹会長だ。
日大テニス部の出身で、卒業後、プロとして国内ツアーに参戦。最高ランキングは32位。
30歳で引退後、マサスポーツシステムを設立。日本大学テニス部監督、日本大学の非常勤講師も勤めております。
その彼が目を付けたのが、ここ数年でブレイク必至と目される「ビーチテニス」だ。
初心者でもすぐに参加できる手軽さとおもしろさから世界中で競技人口が急速に増えている。
イタリアが発祥の地と言われ、今や、イタリア、スペイン、アメリカでは試合のテレビ中継が行われるほど
人気スポーツになっている。
中でもアメリカでは、2009年から賞金付きの全米規模の大会が開催されるまで普及してきているのだ。
誕生の地であるブラジルのリオデジャネイロが2016年のオリンピックの開催地に選ばれたことで、
五輪の正式種目になることも期待されている。
ビーチテニスとは、文字通り、海辺のビーチで行うテニスだが、
バドミントンやビーチバレーと同じように、地面にボールが落下しないようネット越しに空中でボールを打ち合う
競技だ。
スコアの方式はテニスと同じだが、コートが砂地なので、テニスのようにボールを地面でバウンドさせない。
言わば、ビーチで水着のまま楽しむ洋風羽子板だ。
板状のパドルラケットを持ち、テニスボール大の柔らかいボールを使用して、ダブルスで戦う。
ビーチに設けられるコートの広さは、1996年のアトランタ五輪からオリンピックの正式種目となっている
ビーチバレーと同じ8メートル×16メートル。
ネットの高さは1・7メートル。サイドをチェンジする際には対戦相手とネット越しに手と手でハイタッチする。
日本でも3年前からプレーされるようになり、2009年には社団法人の日本ビーチテニス協会(JBTA)が
結成され、全国大会や国際大会が開催されるまでになっている。
現在、競技人口は1~2万人と言われるが、全国各地で競技会が開かれ、ファンが急増中だ。
山田会長は、ビーチテニスの魅力について、
「参加しても観戦してもエキサイティングなスポーツです。それと同時に、砂浜なのでケガをしにくく
全身運動にもなるので、お子様からお年寄りまで誰もが気軽に楽しめます。
また、ビーチをみんなで清掃することで地球環境問題への意識も高めて行きたい」と述べる。
海に囲まれた日本にはピッタリのスポーツだ。10月29日・30日にも、福岡市のシーサイドももち海浜公園において、
賞金総額1万ドルを賭けた、「新日本製薬カップ福岡国際ビーチテニス大会」が開催されるなど盛り上がって
来ている。
ビーチテニスは、今後、企業イメージ向上のためのタイアップ協賛はもとより、
各地の地域おこしイベントにも引っ張りダコとなるに違いない。
テニスは、トッププロといえども知名度は低い。
ゴルフや野球、サッカーなどと比較すると賞金額も少なく、テニスだけで食べて行くのは大変である。
しかし、テニスは日本で最も競技人口が多いスポーツの一つだ。
「なでしこジャパン」でブレイクした女子サッカーのように、きっかけさえあれば、必ずメジャーになる芽はある。
そう読んだ、山田会長の仕掛けは、まさに日本のスポーツビジネス界に眠っていた
「昔取った杵柄マーケット」に違いない。