金融情勢の変化は、時として企業経営に大きなリスクをもたらす。コロナ禍へ立ち向かう中で、今年の金融情勢は如何に変化し、どのようなリスクが高まり、備えるべきかについて想定しておく事は重要である。
今回は、為替レート変動における「悪い円安」リスクについて。
円は最弱通貨
2021年のドル円相場は、年初 103円24銭から年末 115円11銭と11.5%下落し円安となった。
他の主要通貨と比較しても円の下落率は大きく、2021年では最弱の通貨であった。
悪い円安とは?
ひと昔前は、円高こそ日本経済にダメージを与える元凶と言われ、円高阻止へ日銀は円売りドル買いの介入まで行っていた。逆に円安は、輸出企業の業績向上に直結するとして株価上昇の好材料だった。
ところが、昨年の円安局面ではメリットよりもデメリットの側面が強く出て来た。
原油や天然ガス、石炭、鉄鉱石など資源エネルギーや小麦、大豆、とうもろこしなどの食糧ほか、輸入に依存している主要品目の国際価格が軒並み高騰したことも重なり、燃料代から物流コスト、資材や食料品など多くの物やサービスが値上がりしている。そしてこれが企業収益を圧迫し、消費マインドにも悪影響を及ぼし、コロナ禍で冷え込んだ経済の回復を遅らせているのである。
このように円安が経済へ悪いダメージを与える状況を「悪い円安」と呼んでいる。
円安の恒常化
この円安トレンド、果たして2022年はどうなるか?
以前なら円安となれば輸出増加やインバウンド客の増加なども見込め、景気回復、円高への反転といった流れを予想できたが、現状においては円安の恒常化、場合によっては円安スパイラルが進むリスクもあると見ている。
理由は次の3点。
1 貿易構造の変化
20年前は、輸出が輸入を大きく上回り貿易収支が年間15兆円ほども黒字が出る構造だったが、その後輸出企業の海外現地生産が進んだことや資源エネルギー、食糧など輸入が増加したことから、今では貿易収支は赤字基調となっている。
この構造変化によって、円安となっても輸出増効果を弱めている一方で、輸入の決済代金増加には直結する事となり、円安が円安に拍車を掛けてしまっている。
2022年も原油価格や食糧など輸入品目の価格が高止まりする様であれば、貿易赤字は続き、円安要因となる。
2 景気回復力の弱さ
昨年の通貨の強弱は、コロナ禍からの景気回復度合いの強弱を表しているとも考えられる。
最強通貨となった米国は、インフレの加速、雇用拡大を受けて既に量的緩和の縮小(いわゆるテーパリング)を始め、利上げの実施も射程圏に入りつつある。
方や日本は、食料品や燃料など原材料価格の上昇はあるものの需要は弱く物価上昇率は低い。オミクロン株の感染拡大によっては、更に回復が遅れる事が懸念される。
為替レートは、通貨の金利差も大きな変動要因となるが、既に日本の実質政策金利(政策金利からコア消費者物価上昇率を引いたもの)は突出して高い(図表2)。本来、金利が高くなれば通貨も強くなるはずであるが、景気回復力の弱さのためか円高とはならず円安が進んだ。今後、米国はじめ景気回復力の強い国の利上げが実施されれば、一段の円安要因となる。
3 対外投資の増加
対外投資の増加もドル買い実需として円安要因となっている。
日本経済新聞(12月30日)によると、上場投資信託(ETF)を除く海外株投信への2021年純流入額(流入から流出を引いた値)は12月16日時点で7兆9196億円。これまで最大だった07年の5兆6760億円を大きく上回っている。
景気回復が遅れ、成長力の格差が広がれば、更に資金の海外流出が加速すると予想される。
悪い円安リスクへの備え
このように悪い円安が恒常化し、もう一段の円安が進むリスクに対して、企業経営者は備えが必要である。事業によって受ける影響や対処法にもちろん違いはあるが、共通して確認しておきたい事は三つある。
・先ずは、円安による自社ビジネスへの影響度を把握する事。
仕入れコスト、物流コストの上昇や売上への影響を今後、更に円安が進むことも想定してシミュレーションし、数字をベースに対策を立てる事が重要である。
・次に、円安を前提としたビジネスモデルに変える事。
悪い円安による悪影響は恒常化するものと考えて、それを前提として収益を確保できるビジネスモデルへ変革する努力が必要だ。
コスト上昇を転嫁できる売り方の工夫、DX化導入による生産性向上、同業他社との共同仕入れ、或いは調達先の国内回帰など、ただ我慢するのではなく積極的に手を打つことが必要である。
・もう一つは、良い円安のメリットを追求する事。
円安には当然にメッリトもある。海外における価格競争力が高まるので、市場を世界に広げるチャンスとなる。コロナ禍で現地へ行くことは出来なくとも、ネットの活用などで新たな市場開拓も可能な環境になった。
悪い円安というものが、今回のコロナ禍によって顕在化する形となったが、見方によってはこれから将来に向けたビジネスの方向性を考える上での良い切っ掛けを示してくれたとも考えられる。リスクを把握しつつ、変化をチャンスに活かしていただきたい。