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人間学・古典

第18人目 「チャーチル」

渡部昇一の「日本の指導者たち」

 最近のBBC(イギリスのNHKみたいなもの)の世論調査で、チャーチルは「史上最も偉大な英国人」に選ばれている。そのリーダーシップについてはよく知られているが、注目すべき諸点をもう一度見ておく必要がある。
 第一にチャーチルは源頼朝や足利尊氏と同じくイギリスきっての名門の出身であり、血筋が重要な役割を占めていた。
 イギリスは貴族制が厳存している国であり、それに対する国民的尊敬心が残っている。チャーチルの先祖であるモールバラ侯爵はスペイン継承戦の英国総司令官、連合国総司令官としてブレニムなどの戦場などで、何度も大勝利してその軍事的天才はヨーロッパ中に鳴り響いていた。
 軍事的才能は遺伝するというような素朴な考え方が一般にある。国家の危機の時にチャーチルの背後には先祖の軍事的天才の後光が射す。
 一方チャーチルは平和な時は失敗もする。選挙に五回も落選していることはそれを物語る。何度落選しても重要なポストに復帰するのは、彼の才能もさることながら、名門中の名門だからだ。
 第二に彼にはとび抜けた想像力がある。この才能は彼がノーベル文学賞を受けるほど、沢山のベストセラーを出していることからも分かる。第一次欧州大戦の前に彼が首相に提出したフランスの戦場の展開予想は、四十日の誤差でピタリと当たった。
 イギリスの陸軍参謀長ウィルソンの大陸作戦計画は全く当たらなかった。素人だけれども、想像力がすぐれているから専門家より秀れたアイデアを持ち、かつ他人の突飛なアイデアも採用できる。
 彼は元来は騎兵出身である。しかし第一次大戦前に海軍大臣になると―――これは明治の頃、西郷従道陸軍中将が海軍大臣になったのと一脈通ずる―――イギリスの軍艦の燃料を石炭から石油に変え、主砲の口径を1インチ半(約4センチ半)大きくして15インチにするということをやった。これが第一次大戦でイギリスがドイツ艦隊を押さえ込むことに成功した最大の理由である。 
 また、大陸の塹壕(ざんごう)戦を実際に見ると、タンク(戦車)を考え出した。もしこの案がすぐに採用されていたら、戦争は一年早く終わっていたと言われている。
 第三は落選して野にある時の生活の仕方である。彼は前に述べたように文章家であり、若い時からベストセラーを何点も出している。その上、絵も上手で、ピカソもその才能をほめているくらいだ。
 政治家は落選中は辛いものらしいが彼はその時間は悠々と読書し、著述し、絵を画き、世界の大勢をじっくりと睨んでいたのである。
 現代の社会で、一流の著述家が政治家になることの有利さは、常に広い世間に向かって――イギリスの場合は英語だから世界に向かって――自分の考え方を示すことができることだ。この点、文学と言い、絵と言い、石原慎太郎氏の才能と一脈通ずる。
 第四は彼のずば抜けた勇気である。青年時代にアフリカの戦場に出て以来、第一次大戦でも戦場に出て、恐怖を知らない者の如く振る舞っている。
 向こう見ずともいえる冒険心は子供のときからのものであった。いざという時に腰くだけになるようでは、非常時のリーダーにはなれない。(加藤の乱の加藤紘一氏、靖国神社参拝の時の小泉首相と比較せざるをえない。)
 第五には稀有の幸運である。その伝記を読めば、何度も死んでおかしくない局面でも、全くの幸運で助かっている。たとえば怪我は普通は不幸である。しかし彼は手の骨折のため騎兵なのに剣が使えず、ピストルにしていたことがあった。これで助かったのである。強運の人こそ一国のリーダーであるべきだ。
 最後に一つ、彼の最大の間違い、失敗は日本と戦争したことである。これはイギリス人も認めたがらず、日本人も指摘する人があまりない。しかしイギリスがオランダに石油を日本に売り続けるように説得し、アメリカに汪精衛(おうせいえい)政権を認めるようにチャーチルが働いて成功していたならば、大英帝国は今も健在であったであろう。
 イギリスはヒトラーと戦うためにアメリカの援助を必要とし、アメリカの言うことならば何でもきかねばならなかったのだから、それは無理な話だったかもしれないが。

渡部昇一

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〈第18 人目 「チャーチル 」参考図書〉 
「チャーチル」
河合 秀和著
中公新書刊
本体840円


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