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採用・法律

第84回 『年次有給休暇のモヤモヤ』

中小企業の新たな法律リスク

 「年休」とか「有休」などと略称でも呼ばれる年次有給休暇は、労働者にとって身近で、ありがたい制度です。
 しかし、寺門社長は、そのような年休についてモヤモヤしていることがあるようです。

* * *

寺門社長:わが社は、朝起きて体調が悪くて出勤が難しいと分かったときや子どもが急に熱を出してすぐに病院に連れていかなければならなくなったときなどに、欠勤や遅刻にせずに年休として扱うことを認めています。このような取扱いには問題があるのでしょうか。

賛多弁護士: 年次有給休暇の取得をその日になって初めて申請することを認める運用についてお尋ねですね。それを認めずに欠勤や遅刻になるとすると、日給月給の給与制度や欠勤等について給与を控除する制度ならば、その日の給与が無くなったり、減ったりますし、或いは、賞与の金額決定の査定に影響したりするわけですから、それは、社員にとっては有難いことですね。

寺門社長:ええ、そうなんです。ただ、このような当日申請の年休取得をする社員は特定の者に偏る傾向があるようなのです。先日、ある所属長が、頻繁に当日申請の年休取得をする部下に対し、その理由を問い質したら、その部下が、年休を何に使うかは自由なのだからそのような質問は違法だ、答える必要はない、と反論されてしまった、と報告を受けました。これは、そういうものなのでしょうか。その部下にはこれ以上、対処できないのでしょうか。

賛多弁護士:決してそのようなことはありません。いくつもの誤解が積み重なって、そのような認識が生じています。
まず、確かに、年次有給休暇を労働者に付与している労働基準法は、労働者が休暇をとって何をするかには関知していませんから、使用目的が何であるかによって年次有給休暇の取得を制限することは、基本的に(脚注1)許されません。
しかし、当日申請の年次有給休暇取得は、当然に認めなければならないものではありません。そもそも年次有給休暇は、労働基準法で「労働者の請求する時季に与えなければならない」と定められており、労働者の事前申請が前提とされています。年休取得が事業の正常な運営を妨げる場合に使用者がその「時季」の変更を命じる権利を行使する時間的余裕のためです。
御社では、年休を何日前までに申請しなければならないというルールを定めていますか。

寺門社長:わが社の就業規則は、厚労省のモデル就業規則と同じように、「労働者があらかじめ請求する時季に取得させる」となっています。

賛多弁護士:それでも、当日になってからの申請は、たとえ始業時刻より前であっても認められない、として対応することはできます。遅くとも前日のうちには、それも、直前の営業日の終業時刻までの申請を求めることはできるでしょう。もう少し余裕をもって、例えば「原則として1週間前までに」などと就業規則に定めることは許されるだろうとも言われていますから、就業規則の変更を考えてもよいかもしれません。

寺門社長:それでも、社員の事情によっては当日になってからの申請を認めたり、場合によると後日の申請にも応じて年休扱いを認めたりすることはできますか。最初に申し上げたように、家庭に事情のある社員はそれで助かっている面があります。

賛多弁護士:それはできます。ただし、それは例外的な取扱いであって、個別の事情を考慮した上で特別に認めるか否かを判断する、ということですから、社員に対し、具体的な事情の説明を求めたり、場合によっては、そのような事情を証明する資料の提出を求めたりすることができるわけです。

寺門社長:なるほど。頻繁に当日申請をする社員に対しては、その理由の説明を求めることはできるのですね。

賛多弁護士:はい、そうです。それから、このような例外的な取扱いについては、所属長の管理に任せてしまうことはせず、社長や人事担当が判断することにしたり、少なくとも所属長には社長や人事担当への報告を義務づけたりするべきです。所属長ごとに判断基準が異なっていないかとか、誰が申請するかによって恣意的な判断をしていないかとか、誰かが客観的なチェックをすべきです。

寺門社長:そのようにすれば、私や人事担当も、もっと早く、勤怠が乱れがちな社員の動向を把握できますね。

賛多弁護士:ええ。勤怠の乱れは、メンタルヘルス不調など心身の健康に問題が生じていることによっても起こることがありますから、産業医に面接してもらったり、医療機関の受診を勧奨したり、残業制限などの就業上の措置を講じたりなど、産業保健の面からの対処が必要な状態かもしれないのです。所属長限りの管理にしないことが肝要です。

寺門社長:そのように年休取得のルールや管理体制を整理してみます。
ところで、退職することが決まった社員が、残っている年休をまとめてとることは認めざるをえないのでしょうか。引継ぎがされないまま退職されてしまい、上司や同僚が困ってしまうことが起きています。

賛多弁護士:それは、なかなか難しい問題です。労働者は、法律上求められる予告期間(注2)をもって届け出れば退職ができてしまいますし、その予告期間を一日も勤務することなしに済んでしまうだけの残存年休を持っていることも少なくありません。そのような場合、使用者は時季変更権を行使して代わりに年休をとらせる日がありませんから、時季変更権も行使できないのです。
ただし、労働者は、退職にあたって担当業務を使用者へ引き継ぐ義務を負っています。年次有給休暇を取得したからといって引継義務を免れるわけではありませんから、退職日以降であっても、給与を支払ってもらえなくても、引継ぎはしなければなりません。もっとも、ここでいう「引継ぎ」がどの程度のことまで行うことを求められるかは明確であるわけではありません。ときどき労働者を簡単に辞めさせないために主張されるような、後任者が自分と同じようにその業務を遂行できるまで育成するとか、全ての担当顧客のところに後任者を連れていって紹介するとかまで求めることは難しいです。

寺門社長:労使双方が権利主張しようとすると、すごい喧嘩になりそうですね。

賛多弁護士:そうですね。退職する労働者の残存する年休については、労働者と話し合って「買い取る」(年休取得の場合に支給されるべき給与に相当する金額を退職金として支給する)ことを合意することは許されますから、そのような提案をすることは考えられます。

寺門社長:しかし、それも労働者に断られたら、強制はできないですよね。

賛多弁護士:退職時に残存する年休の買取りを予め合意したり、就業規則で定めたりしておくことは、実際の年休取得を抑制してしまうおそれから許されないとされている一般的な年休買取りとは異なる状況ではありますが、それでもそのような弊害のおそれを払拭できなければ、合意や規定の効力に疑問があることは確かです。
そもそも、こういう紛争は、特定の労働者に業務負荷を集中させ、年次有給休暇をほとんど取得できないほど酷使してきた結果として起きることがあります。業務情報の共有、業務負荷の平準化、年休取得の促進など、会社として問題を予防する手立ては色々考えられます。
同時に、社員とよく話し合って、労働者の都合としても受け入れられ、職場のニーズや感覚に合う申し合わせをしておくべきだと思います。

寺門社長:もめてから初めて法律に解決してもらうことを期待するのではなく、当事者自身が、先を見越し、互いの立場を考慮し、自分たちの約束をしておくべき、ということですね。

賛多弁護士:おっしゃるとおりです。本来は、就業規則などの社内ルールは、そのように労使の「対話」によって作り上げ、常に見直しをしたいものです。

【脚注】
1.「基本的に」と留保を付けたのは、同じ職場の労働者の全員が一斉に休暇をとって事業の正常な運営を妨げるストライキの一種である「一斉休暇闘争」だけは制限できる、という判例(白石営林署事件 最高裁昭和48年3月2日判決)を意識しているからです。

2.給与の決定方法によっても異なり得ますし、専門家の間でも見解は異なり得ますが、いつも必ず認められるかは別として、最も労働者に有利に主張しようとすると、最短で2週間になってしまいます。

* * *

 労働者は、毎年、法律(労働基準法第39条)が定める最低日数の有給休暇を取得することができます。会社によっては、就業規則や契約で、法律を上回る日数を付与していることもあります。休暇は、休日とは異なります。休日は、そもそも労働義務がない日であるのに対して、休暇は、労働義務のある日について労働義務が免除されるのです。年次有給休暇は、有給にする(賃金が発生する)ことが法律で決まっています。つまり、”賃金を得ながら休むことができる権利”です。使用者が、労働者の年次有給休暇の取得を妨げたり、取得した日の賃金を支払わなかったりすれば、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。

 「会社が年次有給休暇の取得を許可してくれない」というのは、誤解です。年次有給休暇は、会社が与えるものではなく、法律上の要件(6カ月以上勤務し全労働日の8割以上出勤したこと)を満たせば労働者に取得する権利が発生するものです。労働者があらかじめ行う必要がある請求は、使用者に取得の許可を求めているのではなく、取得の日や期間を指定しているのです。使用者は、「事業の正常な運営を妨げる場合」(ただし、その従業員にその日や期間を休まれてしまうと、会社側が代替要員の確保等の予防措置を尽くしてもなお会社の事業が回らなくなってしまう可能性が生じるといった、かなり例外的な事情が必要です。)に限って、他の日や期間に変更するよう求めることができるのです(時季変更権)。

 「うちの会社には年休なんてない」とうそぶくような経営者は論外ですが、シフト制など、事実上、年次有休休暇を取得することが難しい職場も少なくありませんから、これくらい強力な法であってこそ実効性が期待できると言えなくはありません。しかし、日常的にチームで業務を回している職場にそのまま当てはめると、労働者の立場からしても違和感があるかもしれません。労働法も、紛争になった当事者間の権利義務関係に最終的な決着をつける局面と、平時にあらかじめ当事者同士が「対話」をしながら自分たちの約束にしていく局面との間には、「翻訳」とでも呼ぶべきクリエイティブな作業が必要なようです。法を潜脱しようとするのではなく、法の目的を達成しようとする姿勢であれば、司法や行政によっても尊重されると信じています。

【参考】
「働き方・休み方改善ポータルサイト」(厚生労働省)
https://work-holiday.mhlw.go.jp/kyuuka-sokushin/jigyousya.html

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 小島健一

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