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- 高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』
- 第40回 相泊温泉(北海道) 夏季限定!日本最東端の湯
■波で運ばれてきた石で湯船が埋没
筆者に限らず、「季節限定」という言葉に弱い人は多いのではないだろうか。自然の恵みである温泉にも季節限定が少なくない。冬場はアクセスできない豪雪地帯に湧く夏季限定の湯や、真冬だけに出現する湖の氷上露天風呂(然別湖畔温泉)などだ。
世界自然遺産にも登録され、野趣あふれる温泉が点在する北海道の知床半島にも、季節限定の温泉がある。
知床半島の東側、海沿いの道をひたすら奥に入っていくと、車で進入できる最終地点・相泊(あいどまり)地区にぶつかる。この地に湧いている最果ての温泉が日本最東端の湯「相泊温泉」である。明治32年(1899年)に発見された歴史ある湯だ。
相泊温泉は、海岸に湧く。駐車スペースに車を停めて海岸に降りていくと、青いビニールシートがかぶせられた小屋が目に入る。巨大なテトラポットが並ぶ波打ち際にポツンと建つ姿は、少し異様でもある。ここに温泉があることを知らない人は、むやみに近づかないだろう。
相泊温泉は、夏季限定の湯船。オフシーズンになると湯小屋は撤去され、湯船は波で運ばれてきた石などで埋もれてしまう。5月になると重機で掘り起こされるのだが、夏でも高波や台風で湯船が埋まったり、湯小屋が破壊されたりすることもあるという。なんともダイナミックな湯船である。
■漁船からも丸見えの波打ち際
湯船は男女別に分かれており、4人ぐらいが入れる石で組まれた湯船がひとつずつ。男女の湯船からはそれぞれ見えないようになっているが、海側はオープン。数百メートル先に浮かぶ漁船からも、おそらく丸見えだろう。
なお、男女別に仕切られているのは夏場のみで、湯小屋が完成していない春先と撤去される秋は、男女の仕切りもなく、開放的な混浴になるとか。
湯小屋の中には、衣服を置くための棚などもあって利用しやすい。湯船もキレイに清掃されているようだ。相泊温泉は、もともと漁師の皆さんが冷えた体を温めるために使ってきた共同浴場。今でも地元の人によって大切に管理されている。だから、入浴する際は、マナーを守って入浴したい。
湯船に浸かると、透明湯が底からプクプクと湧き出しているのがわかる。温泉の理想的な状態とされる「足元湧出泉」である。温泉は空気に触れると酸化し、劣化がはじまる。魚や野菜と同じように、温泉も鮮度が命である。
■泉温は「奇跡のバランス」
泉温は、熱すぎずぬるすぎず。足元湧出泉で適温というのは、奇跡的としか言いようがない。当たり前だが、温泉は天地の恵みなので、人間が入浴するのにちょうどいい泉温で湧き出しているとはかぎらない。25℃の冷たい温泉もあれば、100℃近い激熱の温泉もある。泉温が高すぎれば、いくら足元湧出泉でも水で加水しなければ入れない。加水すれば、そのぶん温泉の成分が薄まってしまう。
足元湧出泉の湯に快適に浸かるには、湯船の大きさにもよるが、38℃~50℃くらいの泉温が理想である。相泊温泉は、約50℃。加水せずに入れるギリギリの泉温だ。まさに奇跡的なバランスである。
透明湯は塩味がきいている。おそらく海岸沿いに多く湧いている塩化物泉だろう。匂いはほとんどしない。というより、磯の香りが強いので、ほとんど温泉の匂いを感知できない。トロリとした感触の湯は、肌にまとわりつく感覚が楽しい。
目の前には大海原が広がる。湯船に浸かると何も見えなくなるオーシャンビューの湯船は多いが、身を沈めても、知床の海をばっちり拝むことができる。ボーっと湯船に浸かっていると、漁から帰ってきた漁船が通り過ぎていった。漁師のおじさんと目が合ったような気がするのは気のせいだろうか。