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- 高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』
- 第51回 那須湯本温泉(栃木県) 素朴な共同浴場で味わう極上の「アツ湯」
■アツ湯派? ぬる湯派?
無理やり派閥をつくるとすれば、私は断然、ぬる湯派である。熱い湯よりもぬるめの湯のほうがタイプだ。リラックスした気分で、いつまでも浸かっている時間は至福である。
もちろん、アツ湯にはアツ湯のよさがあって、大地の熱のパワーをダイレクトに体感できるのはアツ湯のほうだし、しんしんと雪が降る寒い日に入るパンチのきいたアツアツの湯は、極上の気持ちよさだ。
異性のタイプがあるように、温泉にもタイプがある。たとえるなら、アツ湯が「恋人にしたいタイプ」の女性だとすれば、ぬる湯は「結婚したいタイプ」の女性だ。アツ湯は、男を短時間でとりこにする小悪魔女性のような湯。一方、ぬる湯は、そばにいるだけで心が穏やかになる癒し系女性のような湯。
1380年前から湧き続ける栃木県・那須湯本温泉は、ぬる湯好きにとっては、ちょっと刺激が強い温泉だ。強烈な硫黄臭を放つ59℃の高温の温泉が、こんこんと湧き出ている。
那須といえば「高原のリゾート地」をイメージする人も多いかもしれないが、今もなお温泉街には素朴な湯治宿や民宿が所狭しと並んでおり、リゾート地の面影はまったく見られない。
そんな温泉街の発祥の地でもある共同浴場「鹿の湯」。板張りの湯小屋の建物は明治、大正時代に建てられた素朴な風情で、東北の湯治場のような雰囲気が漂っている。
■泉温が異なる6つの湯船
男湯の浴室には正方形の湯船が6つ並ぶ。それぞれ41℃、42℃、43℃、44℃、46℃、48℃に設定されている(女湯は41℃~46℃の5つ)。加水をして冷ますようなことはせず、注がれる湯量を絞ることで微妙な泉温を調整しているのがうれしい。
入浴前にかけ湯ならぬ、「かぶり湯」用の浴槽で、ひしゃくで頭から100~300回ほど湯をかぶるのが、伝統的な入浴作法なのだとか。熱い湯に浸かってものぼせないようにする先人の知恵である。
ところが、この湯がメチャクチャ熱い。「やけどするんじゃないか」と思うほどの熱湯なのだが、常連客と思われるお爺さんたちは、何度も何度も頭から湯をかぶっている。私も意を決して、勢いよく頭から湯を浴びてみる。ぬぉおぉ! あまりの衝撃に、声にならない悲鳴をあげるしかなかった。300回どころか、3回が限界だった……。
もっとも泉温の低い41℃の湯船から浸かっていく。私にとっては、このくらいが適温。見た目にも成分が濃厚そうな白く濁った湯は、まるでミルクのような美しさだ。
続いて42℃の湯船。日本人がもっとも好むといわれる泉温なので、まだまだ余裕。43℃は少し熱めで、一瞬、湯船に浸かるのを躊躇する。1℃違うだけで入浴感は大きく変わるものである。そして、44℃の湯船に浸かる。かなり熱い。なんとか辛抱できたが、もう限界は近い。
■48℃の湯に平然と浸かる常連さん
46℃の湯船におそるおそる片足を突っ込む。だが、すぐに断念。もはや人間が入れる泉温ではない……。すっかり戦意を喪失して、湯船のふちで呆然としていたら、48℃の湯船に涼しい顔をして身を沈めているお爺さんの姿が目に入った。
興味本位で48℃の湯に手を突っこんでみると、やけどしそうなくらいの熱さ。だが、お爺さんは、あいかわらず平然と浸かっている。思わず、「熱くないんですか?」と尋ねてみると、「毎日浸かっているから、肌が分厚くなったんだよ」と穏やかな口調で答えてくれた。その姿は悟りを開いた修行僧のようだ。
どうやらお爺さんは常連のようで、毎回1時間以上は、ゆっくりと休み休み湯浴みを楽しんでいるらしい。そして、「いつも婆さんを外で待たせているけどね」と言ってニヤリと笑った。
きっとお婆さんは、怒ることの少ない、心穏やかな癒し系なのだろう。「ぬる湯のようなお婆さんとは正反対なアツアツの湯に入って、お爺さんは浮気気分を楽しんでいるのかもしれない」と、私は勝手に妄想を膨らませるのだった。