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故事成語に学ぶ(12)賢にして財多ければ則ちその志を損す

指導者たる者かくあるべし

  男の引き際
 前漢の宣帝の時代に、疎広(そこう)という男がいた。若くから学問をよくしたが、官位にはつかず私塾を開いていた。その学識が宣帝の目にとまり、幼い太子のお守役となる。皇帝は世継ぎの教育係に縁戚を据えようとして疎広の意見を聞いた

 「それではただ了見の狭い太子となります。天下の俊英をこそつけるべきです」と彼は諌めた。この意見に感心した皇帝は疎広を重用するようになる。
 太子は帝王学を身につけ12歳となった。疎広にはまだ出世の道もあったが、「功成り身退くは天の道なり」という老子の言を引き、病気と偽って宮中を去り故郷に帰った。 
 
  財テクを禁ず
 宣帝と太子は、疎広の功績を慰労して少なからぬ黄金を贈った。都人たちはその引き際を讃えるとともに惜しんだ。故郷に戻った彼は、いただいた慰労金を惜しみもなく使い、故郷の人々にふるまい、ご馳走する。これには疎広の子や孫、縁戚たちが慌てだした。
 「これではせっかくの財産がなくなってしまう。賜った黄金で家や田畑に変えて残しておくように説得してくださらんか」と一族の長老に泣きついた。一族の出世頭の遺産を目当てに、財テクを勧める憐れな図である。
 説得に向かった長老に疎広は教え説いた。
 「わしは別にぼけて浪費してるわけではない。子供たちを気にかけないのでもない。わずかながらもわが家には家も田もある。子孫たちがその中で精を出して働けば、人並みに暮らせる。遺産を残せば、彼らを怠けさせるだけだ」
 そして言い切った。〈子孫がたとえ利口であっても、あたら財産を持てばその気概を損じるだけだ〉
 
  南洲翁遺訓
 引き際といい、子孫に金銭を残さなかったことといい、明治維新の英傑、西郷隆盛が生前に語った遺訓に通じる逸話だ。
 〈児孫のために美田を買わず〉
 西郷がこの遺訓に込めたのは、子孫への心配だけではない。維新達成後、手に入れた権利を背景に東京、京都のあの土地、この土地を買い占め蓄財に走るかつての志士たちへの絶望もあっただろう。
 疎広の残した警句には続きがある。
 〈愚にして財多ければ、則ちその過ちを益す〉(もし子孫が愚かものであったなら、その害はいかばかりか)
 「俺の寿命もそろそろか」と遺産分けが心配になる方々。節税善後策を税理士と相談する前に、少し立ち止まって噛み締めたい言葉ではあるまいか。

  

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『中国古典文学大系13 漢書・後漢書・三国志列伝選』本田済訳 平凡社
『西郷南洲遺訓』山田済斎編 岩波文庫
『中国古典名言事典』諸橋轍次著 講談社学術文庫

 

 

 

 

 

 

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