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逆転の発想(27) 戦場で負けても政治で勝てる(豊臣秀吉)

指導者たる者かくあるべし

 小牧・長久手の戦いの勝者とは
 織田信長が本能寺の変で殺された後、天下をうかがう豊臣秀吉と徳川家康というライバル同士がただ一度、弓矢を交えたことがある。小牧・長久手の戦いである。野戦の達人・家康が少数の兵で秀吉軍を破った戦闘として有名だが、実際には、この敗戦を契機に秀吉は家康を政治的に圧倒し家康に臣従を誓わせて天下人に上り詰めるのである。なぜか?
 
 天正12年(1584年)3月、家康は、主君の織田家をないがしろにして天下統一に動く秀吉に怨念を抱く信長の遺児・織田信雄(おだ・のぶかつ)と組んで、秀吉打倒に動く。徳川軍は美濃の小牧城に入る。その数2万。一方秀吉も、最大のライバルである家康を打ち破るチャンスと見て、犬山の楽田に8万の兵を進めて対陣した。
 
 先に動いたのは秀吉方だ。籠城されては長期戦になると見て、手薄になった徳川本拠地の三河・岡崎に2万の兵を差し向けた。二手から挟み撃ちにしようという狙いだったが、気づいた家康は小牧城を出て、長久手で秀吉方を待ち伏せた。戦いは家康の圧勝に終わった。秀吉の重臣である池田恒興が敗死し、秀吉の甥、秀次も命からがら逃げ戻った。
 
 緒戦で家康軍の強さを見せつけられた秀吉は動けない。圧倒的な軍勢を擁しながら、戦いは膠着した。もたもたしていると、各地で反秀吉の動きが出始める。打つ手はないか。
 
 敵の名分を消す
 秀吉は、講和の動きを模索する。既婚の妹、旭姫を離縁させて家康に嫁がせる。しかし勝者の家康は、言を左右に講和を引き延ばす。秀吉は続いて母親を家康のもとへ人質に出す。なりふり構わずの説得工作だ。天下統一を目指す秀吉にしてみれば、豊臣政権下で家康を別格で処遇することを条件に、敵対を諦めさせる戦略だった。しかし秀吉を追い詰めた家康はおいそれと応じない。
 
 そして秀吉は究極の手を打つ。家康と連合する信雄を密かに説得したのだ。「伊賀、伊勢の二国を割譲する、どうだ」。秀吉という男、野戦の実力では家康には及ばないが、政治工作では一歩も二歩も先んじている。知恵者の説得に信雄は、後難を恐れて単独で講和してしまう。
 
 二階にあげられてハシゴを外されたのは家康だ。そもそも信長の遺児を担いでこその挙兵だったが、単独となれば戦う名目はない。兵を引くしかなくなった。〈相撲に勝って勝負に敗れる〉の図だ。
 
 古来、勝負の鉄則は〈敵の利点、名分を消す〉ことにある。家康も講和に応じることになった。
 
 敗者の秀吉は、勝者の家康を大坂城に呼びつけた。家康は秀吉を前に臣従を誓う。秀吉は家康に東日本の計略を任せることで、背後を気にすることなく、天下統一に向けのこされた四国、九州の征討に乗り出すことになった。ライバルをたらし込み、手の内に取り込んだのだ。
 
 名より実を取る戦略
 秀吉は、もとより〈武〉の男ではない。長久手で敗れ対峙が続く中で、次元の違う天下取りに動いていた。それは、朝廷との政治関係強化だった。飴と鞭をちらつかせながら、位階を手に入れてゆく。やがてそれは関白の地位を得ることで統一後の政権を盤石のものにしてゆく。
 
 妹と母を敵に人質として送った秀吉、戦いに勝ちながら臣従を誓わせられた家康。ともに一時の屈辱を恥とも思わず、名より実を取る戦略で、大きな目標を手に入れていく。
 
 〈武〉の男、家康。小牧・長久手での勝者の悲哀を味わったことで、秀吉流の逆転の発想を身につけたであろう。
 
 秀吉亡き後、関ヶ原の合戦で勝ちながら、牛歩のような着実な歩みで最高権力に迫っていく。朝廷に近づいて征夷大将軍の地位につき、秀吉後継者の秀頼と母淀君を朝廷と切り離し、大坂城を拠点とする豊臣残党に対して、文字通り外堀を埋めつつ時間をかけて掃討作戦を進める。
 
 個別の戦場、戦闘で敗れても落ち込むことなかれ。目標を見失うことなければ、夢に向けて政治的勝利の女神は必ず微笑む。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『戦国武将の「政治力」』瀧澤中著  祥伝社新書
『日本の歴史15 織豊政権と江戸幕府』池上裕子著  講談社学術文庫
『日本百合戦』中山良昭著  朝日文庫
 

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