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第40話 「猛反対」にこそ、ヒットの可能性

北村森の「今月のヒット商品」

今回は観光業界の一事例です。

 

GoToトラベルによってホテル・旅館業界はひと息つけた感もありますが、このキャンペーンが終わった後どうなるのか、という問題が残っていますね。

 

今回お話しする、ある新規開業ホテルは、GoToトラベルのスタート以前から奮闘を続け、答えを出しています。宿泊料金の割引施策に関係なく、客室稼働率を上げて来たという話なんです。

 

いったいなぜ? 今回の話は、ホテル・旅館業界以外の方にも、何かのヒントとなるかもしれません。

 

mori401.jpg

 

今年6月、東京・立川に、81室という小さなホテルが開業しました。JR立川駅から歩いて10分ほど。有名ブランドのホテルではなく、地元の不動産開発会社による完全独立系のホテルです。その名をSORANO HOTEL(ソラノホテル)といいます。

 

こうお話しすると、ずいぶんと地味なホテルに感じられるかもしれませんね。ところが、このホテル、シティホテルでもビジネスホテルでもなくて、リゾートホテルなんです。こう言っては失礼ですが、立川という東京の西側にあって、ビジネスの中心地でも有名観光地でもなんでもない場所で、しかもJR駅のそばというところで、完全独立系の、それもリゾートホテルなど、成り立つのか。しかも開業した6月といえば、今以上に自粛が叫ばれていたタイミングです。

 

ところが、このSORANO HOTELはスタートダッシュを見せます。6月こそ低調でしたが、7月以降は週末には満室を記録するのも珍しくなく、平日を入れても客室稼働率は50%を超えています。

 

通常時ならこの50%という数字はさしたるものではないでしょうけれど、この新型コロナで大変な時期の稼働率としては、よそのホテルに比べても異例なほどの実績と言っていい。しかも、これまたびっくりなんですが、このホテル、1室の宿泊料金が5万円以上するんです。都心の高級ブランドホテル並み!

 

ヒットの理由を考えるうえで、まず挙げられるのが、このホテルには「分かりやすいシンボル」があって、それがクチコミで広がったという部分です。ホテルの最上階にインフィニティプールがあるんです。それが上の画像です。

 

mori402.jpeg

 

インフィニティプールとは、柵や手すりがなくて、遠くの景色とプールがひと続きに見えるようなプールを指します。海外の高級ホテルに良くあるプールですね。

 

でも、ですよ。このプールの存在だけで、ここまでの異例のヒットにはなるのか。しかも観光業界が逆風にさらされているこの時期に……。それで改めてホテルに取材したら、なるほどと膝を打つような話がたくさん聞けました。

 

開発に最初から携わったプロジェクトマネージャーの話によると、「立川という街を盛り上げる」ことが最初からの命題として揺るがなかったそうです。

 

で、ここにすでにあるホテルと競合しないためには、もうリゾートホテルしかないと見定めた。この時点で周囲からは大反対だったそうです。立川という街でリゾートホテルなんて成立するわけがない、と……。

 

さらには、客室の単価(料金)を5万円まで上げるという判断をした時には、周りから「ちょっとおかしいんじゃないか」とまで言われたそうです。それでも、プロジェクトマネージャーは「この場所で成功するには、地元の人に向けた日常のリゾートを目指すしか道はない」と決断したらしい。

 

そして、5万円の料金にするけれど、1室に3人・4人と追加料金なしで泊まれるように決めた。そうすれば、1人アタマで割れば、料金に値ごろ感が出ますし、家族利用も促せます。すると今度は「そんな旅館みたいな料金設定はおかしい」と周囲か反発が出た。でもそこを説得しました。

 

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で、最後のポイントが、インフィニティプールだったんです。最初からこのプールありきではなくて、こうしたコンセプト設定の最後、いわば駄目押しのように提示したアイデアが、これだったんですね。

 

プールという発想が出たのは、ホテル着工の半年前。ギリギリの段階でした。でも、膨大なコストがかかるので、それこそ反対の嵐となった。客室数300規模のホテルでも折り合いがつかないようなものなのに、なぜわずか81室のホテルにプールなどつくるのか、と。

 

でも、プロジェクトマネージャーは、その理由を関係者に粘り強く説いていきました。「マーケットのないところにマーケットを作るにはこれしかない」と押し切ったといいます。「インフィニティプールがあれば、このプロジェクトは必ずや成功するという確信が持てた」からだそうです。

 

そして、インフィニティプールを備えたホテルは完成しました。そのインパクトが絶大なこともあり、SORANO HOTELは話題をさらい、コロナ禍にあっても(そして異例の高い料金帯であっても)、しっかりと顧客の心を掴むに至りました。当初の狙いどおり、地元の消費者が半数以上を占める結果となっています。

 

プロジェクトマネージャーによると、ホテルの開業前には、全くと言っていいほど、人々の話題に上っていなかったそう。まあ、地味な立地で、しかも小さなホテルですからね。ところがフタを開けてみると、インフィニティプールの存在が、前述のように多大なクチコミ効果を生んだということです。

 

でも……。ここまでお伝えしてきて、おわかりいただけたと思います。SORANO HOTELがスタートダッシュに成功したのは、インフィニティプールそのものだけが理由ではない。プールをしつらえるという決断に至るまでの、異例づくしとも表現できそうなコンセプトワークにこそ、真の理由があったとも言えますね。

 

業界のさまざまな常識を乗り越えた。だからこそ、こうなったと考えるべきだと思います。

 

 

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