ソフトバンクが英ARM社を約3.8兆円という巨額での買収を発表し、話題になっています。
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- 第58回 大IoT時代に先手?ソフトバンクがARM社を買収する真の狙いとは?
しかしながら、報道の内容からは、買収の目的や思惑を想像し辛いのも事実です。
そこで今回は、ソフトバンクの成り立ちを整理し、そこから未来を予想します。
■そもそも、ARM社とは?
全体像を把握する上で、ARM社の概要をおさらいしておきましょう。
普段我々が使用しているスマートフォンやタブレットなどの携帯端末、カーナビゲーション、テレビやレコーダーといった、主に通信機能を備えた高度な電子機器は、必ず頭脳やとなる処理装置を搭載しています。
現在では、CPU(中央演算装置)に、用途別の周辺機能回路を加えてワンチップ化したSoC(System-on-a-Chip)が主流で、スマートフォン用の場合、Qualcomm社の「Snapdragon」シリーズ、MediaTek社の「MT」シリーズ、Apple社の「A」シリーズ(iPhoneに使用)といった銘柄が高いシェアを誇っていますが、これらのCPU部にはARM社の技術が採用されています。
また、カーナビゲーションや、近年インターネット通信機能を備えた高機能なテレビやレコーダーも、それぞれの用途に適したSoCを搭載しています。
端的には、どのメーカーのどの製品を購入しても、コア部分はARM社が握っている状態で、そのシェアは約90%とも言われています。
ARM社の名前を消費者が知る機会は皆無ですが、情報化社会を支える重要な役割を果たしています。
■Softbankのなりたち
では話をソフトバンクに戻しましょう。ソフトバンクの成り立ちを知れば、今回の買収に至った理由が納得でき、目的も見えてくるはずです。
今「ソフトバンク」と聞けば、携帯電話会社を想像する方が多いと思いますが、創業者である孫氏にとっては、携帯電話会社の経営が最終目標ではなく、過程の1つだったと言えます。
遡ること青年期、孫氏はコンピューター時代の到来を予見してソフトウェアで身を起こします。コンピューターの黎明期に、現在のネットワークによる情報化社会を確信していたかのようで、ビジネスパーソンとしての、先見の明を感じます。
インターネットの普及期においては、1996年に検索ポータルサイト大手の米Yahooと合弁で「ヤフー株式会社」を設立。また、日本国内で「Yaboo!BB」を創業し、巨額の投資と圧倒的な交渉力により、当時は困難と考えられていた、電話交換局舎内に設備を設置するというハードルを乗り越え、ADSLによるブロードバンド化を強力に推進しました。単にインターネット通信で収益を上げるというよりも、今振り返れば、インターネットを利用した各種ビジネスの勃興を支え、生活者も便利になるなど、産業構造にも大きな変革をもたらしたと考えられます。
その次に狙ったのが携帯電話会社で、2006年にボーダフォンを1兆7500億円で買収したのは記憶に新しく、現在のソフトバンクの根幹と言えます。
当時、成熟しつつある携帯電話事業への参入には否定的な意見が多く見られましたが、これも今振り返れば、単なる事業拡張ではなく、インターネットによる情報伝搬の最良の手段として携帯電話網に目を付けていたと判ります。多くの人々がスマートフォンのような情報端末を常時身に付けることによるライフスタイルの変革と、新しいビジネスや産業の創出を見据えていたのでしょう。GoogleやFacebookといった今をときめく企業も、インターネット通信の基盤があってこそのなのです。
こうした孫氏の仕掛けは同業他社も大いに刺激し、結果、今や人々は、スマートフォンでニュースや記事を読み、地図や乗り換え案内を利用し、映像や音楽を鑑賞し、SNSに没頭し、ゲームに興じ、枚挙にいとまがありません。
重複しますが、孫氏は、携帯電話会社の経営を目的としていた訳ではなく、インターネット、つまり情報通信による社会革命の過程の1つが「携帯電話事業」だったと言えます。
このように経緯を整理すると、今回のARM社買収も、真相が見えてきます。単に携帯電話会社が上流のデバイス開発企業を呑み込んで事業拡張したいという訳ではなく、孫氏のビジョンを達成する上で自然な流れだったのでしょう。
■ARM買収の狙いは?
状況が整理できたところで本題に移りましょう。
スマートフォンとスマートフォンを利用したビジネスは成熟の域に達しています。そして通信とスマートフォンが普及した今、新しい産業として注目を集めているのが「IoT」です。(IoTの詳細については、コラム「第56回 「IoT」で広がるビジネスチャンス」を参照ください)
IoTは、スマートフォンに加え、車や家電など、ありとあらゆるモノをインターネットに接続し、新たな利便性やサービスを生みだそうとするムーブメントですが、特に今後は、センサーを張り巡らし、そこから得た膨大なデータ(ビッグデータ)を、人間の限界を超えるディープラーニングと呼ばれる人工知能で解析することにより、未知の法則を発見する可能性を持っています。情報化とは縁の薄かった、農業、酪農、畜産といった分野の効率化も視野に入っています。
こうしたセンサー群もインターネットに繋がるには、頭脳となるSoCが必須で、必要とされる数は計り知れません。全世界で数兆個に達するとも言われています。
CPUコアを提供しているのはARM社だけではありませんが、処理能力の高さと低消費電力を両立し、そのシェアが揺るぎないものだとすれば、ビジネスボリュームも相当大きなものになるはずです。
しかし、先述の通り、過去の孫氏の動きを見れば、CPUコアを提供する事業自体や、独占的地位を利用して携帯電話事業やIoT事業で主導権を握るのが最終目的ではないと考えます。
全ては、ソフトバンクが携帯電話会社ではなく、真のIoT化で社会を変革しようとしていると考えれば、辻褄が合って理解できます。
今後ですが、ARM社の実権を握れば、自らが描くIoT社会に適した進化を促すはずです。
IoT化が進んだ未来、つまり高度に電子化された社会は、SF映画のように、ハッキングによる乗っ取りが懸念されます。孫氏の発言には、ARM社のセキュリティーに対する考えを支持する内容も含まれ、IoTの普及に向けた鍵の1つとして、セキュリティー問題の解決を重要視していることが窺えます。
また、あくまでも筆者の想像に過ぎませんが、開発環境の提供も含め、ARM技術をより手軽かつ安価に使えるようにして、ベンチャー企業や個人もIoT機器を生み出しやすくする仕組みを作りたいのかもしれません。参加者が増えれば、奇想天外なアイデアが飛び出す確率も高くなり、未来が急速に近づくことでしょう。
もちろん孫氏はボランティアではありません。おそらく、産業変革をもたらす母体を整え、その広がった世界から、巨額の利益を生み出す算段があるのではないでしょうか?
数兆個のセンサーから得たビッグデータとディープラーニングで得られるであろう新発見は、通貨以上の価値を持ち、情報社会における金鉱脈や油田となる可能性もあります。
そうであれば、何ともダイナミックな話で、ARM社買収も、常人には理解できなくても不思議はありません。
コンピューターやネットワーク技術を上手くビジネスに繋げてきたのは主に欧米企業ですが、IoT時代を期に、日本勢の巻き返しに期待したいと共に、10年後の新たなパラダイムシフト期に、孫氏が何を仕掛けるのか楽しみです。