権力を維持するために
〈突然に地位なりなんなりを受け継ぐことになってしまった者にとって、心すべき最大のことは、なによりもまず最初に、しかも直ちに、土台をかためることである〉
組織の最高権力者に上りつめるにも、様々な形がある。権力闘争を経て実力でその地位を手に入れるケースもあれば、他者の財政援助、政治力支援で準備期間もないままに運命に導かれて幸運にも思いがけずトップに就くケースもある。
マキアヴェッリによれば、前者の場合、十分な準備とそれを実行する能力と実力は闘争過程で身についており、手に入れた権力の維持にはさほどの困難を伴わない。問題は、後者の場合(突然に親の急死によって世襲でトップにまつり上げられたケースも含むが)だ。この場合〈君主(トップ)になるにあたってはほとんど労苦を必要としない反面、それを維持するに際しては多くの困難に遭遇する〉
その困難を乗り越えるためには、実力でのし上がった者たちがずっと以前から用意してきたことと同じことを、就任と同時に、時をおかずに実行する心構えの必要性をマキアヴェッリは強調している。
嵐に打ち勝つには根と枝が大事
〈にわかに発生した権力は、速やかに生まれ成長した自然の草木と同様に、初めての嵐によってなぎ倒されないだけの根と枝を張ることができていない〉
だからこそ、なにはさておき、しっかりとした土台がためを急ぐようにアドバイスしている。
「そのうちに組織も固まってくるだろう」では済まない。なぜなら、後になってそれをやろうとすると、より以上の力量が必要とされるからだ。さらに土台がための先送りは、基礎なしに積み上げた建物(組織)と同様に、後から基礎に手を加えると建物自体が倒壊する危険につながりかねない。
〈突然にリーダーになった者が、運命の女神によって自らに転がりこんだ地位を維持するための準備を直ちに行う能力を持たず、しかもリーダーとなる前に保持しておくべき土台を、地位を手に入れた後に作り上げる能力を持っていなければ、彼はその地位を維持できない〉
新権力の土台がためとは制度改革
では、マキアヴェッリが考える「土台固め」とは、何をすればよいのだろうか。彼の『君主論』は、歴史的人物の事例を駆使し、ある意味で冗長で難解であるが、じっくりと読み解くと見えてくる。実力でのし上がったリーダーたちが権力獲得の過程で取り組んできた〈新しい制度と統治様式の導入〉がそれだ。だが、彼が強調する「新権力に必須の改革」ほどに困難を伴うものはない。
なぜなら、〈新制度の導入に対しては、旧制度の利益を享受している人々がすべて敵にまわり、新制度の受益者と思われる人々は味方として頼むに足りないからである。この頼りなさは、旧制度を握る敵に対する恐怖心と、新制度が実現されるまで信じず動こうとしないという人間が持つ猜疑心との結果だ〉
周囲は敵だらけ。リーダーは孤独である。それに耐える能力のないものは、その地位を担う資格はない。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考文献
『君主論』ニッコロ・マキアヴェッリ著 佐々木毅全訳注 講談社学術文庫
『マキアヴェッリ語録』塩野七生著 新潮文庫