【解説】
本51講より中国の二大帝王学の『貞観政要(じょうがんせいよう)』と『宋名臣言行録(そうめいしんげんこうろく)』を取り上げます。
『貞観政要』は唐王朝(618~907)の名君太宗と臣下との問答集であり、『宋名臣言行録』は中央集権社会が確立した北宋時代(960~1126)の君主・官僚97人の言行録です。いずれも実例を主体にした内容ですから、現代の指導者層にも大いに参考になるものと思います。
掲句は、後世の人々が『貞観時代』の治安状態を表現する際に用いた言葉です。前王朝の隋がわずか三代37年で崩壊した後、その混乱を収束し唐王朝を立ち上げたのが、初代高祖李淵(りえん)で、共に戦った次子李世民(りせいみん)が二代目の太宗です。
唐は289年の長期王朝ですが、中国3000年の歴史のもっとも輝いた王朝と呼ばれています。その中でも名君太宗が治めた「貞観の治」(626-649)の24年間は、特筆すべき理想的な治世と高く評価されています。
太宗は儒教的な思想を大切にし、自らの日常生活でも実践し臣下国民にも手本を示しましたので、国民の道徳水準が高まりました。掲句は「落ちているものを拾わない」とか「戸締りをしない」など、日常の市民生活の言葉ですから名言名句の領域ではありません。しかし後々の多くの君主がこの言葉に憧れ治世の挑戦をしたにもかかわらず、志半ばとなっている歴史的な現実をみますと、太宗の政治水準の高さに驚きを感じます。
余談ですが、浜松の駅前新校舎に移転し1年になりますが、晴雨に問わず教職員数人で周辺のゴミ拾いを40分間行います。掲句の反対の「道や駅前に落ちたるを拾う」ことになりますが、旧校舎以来の20余年の日課です。
こちらは朗顔喜動の修行が趣旨ですからニコニコしながらの行動となりますが、通勤の人々の朝の顔の暗さが気になります。何か現代人の苦悩の残骸が吸い殻・ガムに託されて捨てられているような気がします。
豊かさでは劣るも古代の理想社会とは逆に、物質の豊かさでは勝りながら苦悩する現代資本主義社会・・・何れの市民生活がより幸せであるのかと考えさせられます。
これも余談ですが、昨秋放映のサウジアラビアのテレビの「カワ―テル(思考)- 改善」という番組が話題になりました。若年の人口比率が高いサウジでは、聖地メッカを抱える国でありながらマナー水準はよくないようです。そこで、道徳心を失わないで近代化に成功した日本の姿を、このような国民に見習らわせたいというのが、この番組の趣旨のようです。
財布を路上に置き、拾った人が警察へ届ける姿を隠し撮りし、交差点で信号を守る人の姿や教室掃除をする学生を紹介し、リポーターが驚きの声を上げるという映像です。なかなかの高視聴率番組であるそうですが、果たして今後の我が国のマナーが、番組で紹介されたレベルを維持できるかどうかが心配となります。
ゴミ拾いの体験をすると、タバコ・ガムの企業は客の口までの気配りは一流であるが、ゴミになった後の倫理観は皆目考慮していないことが分かります。経済発展と共にこのレベルの企業倫理が地球上に蔓延しますから、人間種族の滅亡も意外に近い将来かもしれません。