主要な共和国はいつ、どこでローマ時代以降に発生したか、という質問が出たら、普通に出てくるのはアメリカの独立(一七七五年)、フランス革命(一七八九年)、ロシア革命(一九一七年)などをあげるのが通例であろう。
ところがフランス革命より百四十年も前に、イギリスでは王様の首を斬り(一六四九年)、共和国が出現しているのである。立憲君主制のはじまりと言われる大憲章(マグナ・カルタ)を作ったのもイギリス(一二一五年)、近世最初の共和制大国を作ったのもイギリス。イギリスは政治制度実験の本場だなあという感じがする。
ところで、このイギリス共和制を作った男がクロムウェル(一五九九~一六五八)である。国王チャールズ一世は王権神授説の悪しき信奉者であった。臣民とどんな約束を誓ってもそれを守る必要は国王にはない、と信じていた。それで議会との約束も次から次へと破る。そしてついに王党派と議会派の戦争になる。
議会側はロンドンはじめ主要都市、海軍、首都周辺の諸州を抑えており、軍資金も、したがって兵隊も豊富である。王党側は資金も何も不足している。しかし両者の戦いになると、たいてい王党側が勝つのである。
というのは王党派はキャヴァリアと呼ばれていたがこれは元来、「騎士」という意味である。王様が無茶でも忠義な人たちで、元来が戦士の家の者が多い。これに対して議会側はエセックス伯を司令官としたが、兵士の多くは貧民やホームレスのような人たちから集められた。
戦場では数ばかり多くても駄目である。また議会側は司令官も将校も戦争が下手だった。これを何度か戦争に参加して見抜いたのはクロムウェルであった。
戦争に勝てなければ何をやってもダメだと悟った。彼は小地主の家に生まれ、ケンブリッジで学び、法律家を志した男であり、軍事の経歴はそれまでなかった。しかしイギリスが生んだ最高の軍事的天才であることが間もなく分かった。
クロムウェルはまず地元に帰ってピューリタン的信仰の厚い自由人を集め、厳格な規律と、騎士をも死をも怖れぬ軍団を作った。後にクロムウェルの鉄騎隊(アイアンサイド)といわれるものの始まりである。彼は自分の作った連隊や騎兵隊は「神意による教会」と考えた。まさに神軍である。
クロムウェルが登場してからは議会側は連戦連勝である。王様は捕虜になった。議会は安心して軍隊の解体を要求する。ごたごたしているうちに王は逃げ出し、スコットランドと協定し、再びイングランドやウェールズの王党派を集結しようする。アイルランドはすでに叛乱を起こしている。
結局、クロムウェルがすべてをやるより仕方がなくなった。ウェールズや南イングランドの王党派を全滅させ、王様を再び捕らえて死刑にし、アイルランドを徹底的に征服し、降参しない兵士を大量虐殺した。
クロムウェル達の使った聖書は旧約聖書が主である。そこにはイスラエルの民に敵対する諸民族を大虐殺したり、悪しき王を処刑することは神意であることが示されている。アイルランド人はカトリックだからクロムウェル軍から見ればイスラエル人に対抗したカナン人みたいなものだから大虐殺してその国を奪っても一向に差し支えない。
斬首された国王の子チャールズ二世はスコットランドに逃げてそこで兵を挙げる。クロムウェルはこれをイングランドに誘い出して殲滅する。ローマ軍も征服できなかったスコットランド人も震え上がる。かくしてイギリスはスコットランド、アイルランド、ウェールズを初めて完全に統一したのである。これはそれまでのどんなイギリス王もできなかったことであった。
当然クロムウェルを王(キング)にしようという動きが出る。新しい王朝ができるならば、旧王党派の人も少なからずそれにつく。しかし、「軍事聖徒」と呼ばれた兵士たちは骨の髄まで共和主義者で国王の存在を認める気はない。
クロムウェルも王になる気はなかった。そして護国卿(ロード・プロテクター)―アメリカなら大統領、ソ連なら書記長、共産中国なら首席―になった。そしてイギリスの国威は史上最高になった。
海上貿易の競争相手だったオランダを屈服させ、デンマークやスウェーデンに対してもイギリスに有利な貿易条件を押しつけ、フランスと組んでスペインを抑えてダンケルクや地中海の海上権を手に入れ、ジャマイカなどの植民地も奪い取った。
プロテスタントをいじめているポーランド貴族にそれをやめさせるようローマ教皇に要求し、それを聞き入れないなら教皇の居城を海軍に砲撃させるぞ、とおどすことに成功した、などなど数え上げればきりがない。
軍事では即断・徹底的だったが、クロムウェルはそのほかのことでは慎重で寛容であった。十三世紀以来はじめてユダヤ人がロンドンにシナゴーグを作ることを許された。
カトリック、アングリカン、クェーカー、ユニテリアンに対しても寛容な政策を取った。彼の兵士たちは戦争中も婦女暴行、家財略奪の行為はなかったし、軍が解体されてからも、一人として犯罪を犯したものはなく、みな正直で勤勉な市民としてイギリスの背骨のような階級になって行ったのである。
渡部昇一
〈第25
「クロムウェルとイギリス革命 」
田村秀夫 編著
聖学院大学出版会 刊
本体5,600円