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人の心を取り込む術(3) 失敗と魅力ある叱り方(本田宗一郎)

指導者たる者かくあるべし

失敗に学んでこそ成功がある

 一介の自動車修理工場を〈世界のホンダ〉に育て上げた本田宗一郎は、人が犯す失敗について、「成功とは99パーセントの失敗に支えられた1パーセントである」という名言を遺している。「人は、動かず坐ったり寝たりしている分には倒れることはないが、何かやろうとして歩いたり駈け出したりすれば石につまずいて転んだりコブをつくったりする。それを恐れていては次の前進はない」とも。「研究所の活動も99パーセントが失敗で、それこそが研究の成果である。必ず成功するなら研究所は不要だ」とまで言いきる。
 「どだい、失敗を恐れて何もしないなんて人間は、最低なのである」
 これがいわゆるホンダ精神だ。失敗に学んでこそ成功がある。ここまでなら、世のリーダー、経営者なら、だれしも会得している一般論である。

叱りを印象付けるフォロー

 しかし、本田は、さらに泥臭く人間的である。「そんなことを言ったり色紙に書いたりしてきたから、現役時代、部下の失敗については寛大なところのある人間だったと思われるかもしれないが、けっしてそうではなかった」と回想している。
 〈徹底的に部下のミスを憎んだのである。時間に追われている開発段階のミスで仕事が頓挫することに猛烈に腹を立てた。本気で怒鳴りつけ、口より先に手も出ることもある。落ち着いてみると自責の念が込み上げてくる。「あそこまで言わなくても、オレもバカだな」。家に帰っても自分で自分が嫌になる。ミスを犯した当人もやろうとして失敗したわけではない。寝る間も惜しんでやった結果に違いない。急がせたのも自分ではないか。「悪かったな、すまん」と頭をさげて謝りたいが。決まりが悪い。なんとなく冗談にまぎらせて、まわりが明るく笑える雰囲気づくりをし、叱った相手に謝っているつもりになっていた〉と告白している。
 こっぴどく本田から失敗を責められた部下の身に自分を置いてみれば分かる。照れ隠しで周囲を必死に和ませようとする社長を、「バカだなぁオヤジは」とゆるすと同時に、恨みより叱られたミスの内容と反省をより深く心に刻む。二度と同じ過ちを犯すまいと誓うことになるだろう。

欠点があるから魅力がある

 技術屋の本田宗一郎を、創業以来、副社長として経営面で支え続けた盟友の藤沢武夫は、「本田技研の経営を担ってきたのは私だ。しかし、私に社長が務まるかというとそれは無理だ」と生前に語っている。なぜかというと、「(二人を比べるなら)私の方が欠点は少ないでしょう。だから社長業は落第です」。藤沢流の逆説である。
 〈社長には、むしろ欠点が必要なのです。欠点があるから魅力がある。つきあっていて、自分のほうが勝ちだと思った時、相手に親近感を持つ。理詰めのものではだめなんですね。あの人(本田)にはそれがあります。欠点があるから他人から好かれないかといえば。あれだけ人から好かれる人もめずらしい。社員からも好かれている。欠点はたくさんあります。それはうちの連中、百も承知している。口に出さないだけです〉
 藤沢が評した欠点とは人間的魅力に通じる。ハンドルの遊びといってもいいような理詰めではない不思議な人間力だろう。叱った相手を追い込まないこの人間力があればこそ、部下の心をわしづかみにして、「この人のためなら」という社員の結束と瞬発力を生む。
 〈怒鳴られた当人も、私の気持ちが伝わるのか以前のとおり仕事をしてくれるのでそのまま忘れてしまう。そんなことの繰り返しだった〉
 そう振り返る社長本人も気づかぬ魅力が、社員の気づきを促し失敗を成功につなげて行った

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『私の手が語る』本田宗一郎著 講談社文庫
『俺の考え』本田宗一郎著 新潮文庫
『経営に終わりはない』藤沢武夫著 文春文庫

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