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経済・株式・資産

第158話 なぜ日本企業は政府の行政指導に背を向けるか

中国経済の最新動向

 2年前、当時の安倍政権は経済安保の視点から、海外生産拠点(主に中国)の国内回帰やASEAN移転を支援する補助金支給策を発表した。

 

 予算規模としては国内回帰向けに2200億円、ASEAN移転など生産拠点多元化向けに235億円がそれぞれ計上された。

 

 それから2年以上経った現在、日本企業は本当に政府の思惑通りに、中国における生産拠点の国内回帰やASEAN移転を進めているか?それとも政府の行政指導に背を向けるか?本稿は日本貿易振興会(ジェトロ)が毎年に行う、中国進出の日本企業に対する実態調査のデータを使い、実証検証を進める。

 

 

◆中国市場から撤退しない日本企業

 結論から言えば、政府の行政指導にもかかわらず、日本企業は中国から撤退しない姿勢を貫いている。

 

 日本貿易振興会(ジェトロ)は毎年「海外進出日系企業の実態調査」を行い、日本企業の最新動向を把握している。ジェトロは8000社以上の在中国日系企業を対象にアンケート調査を実施し、成果物として毎年に「中国経済と日本企業白書」を発表している。

 

 去る7月29日に発表した「中国経済と日本企業 2022年白書」によると、今後1~2年の事業展開について、「拡大」と回答した企業が全体の40.9%(前年度36.6%)にのぼる。一方、「縮小」と回答した企業は3.4%、「第三国・地域へ移転・撤退」と回答した企業は僅か0.4%、両者合計で3.8%(前年度3.9%)。この数字は2010年調査開始以来の最低水準だった。なお、55.2%の企業は「現状維持」と回答している(次頁図1を参照)。アンケート調査の結果から見れば、中国からの撤退または第三国への移転は日本企業の選択肢にはならなかった事実がはっきりと示される。

 

 実は、中国からの撤退または第三国への移転を支援する政府補助金支給策が発表された2020年度も、中国事業「縮小」や「第三国への移転・撤退」を選択した企業が極めて少なかった。ジェトロの「中国経済と日本企業 2021年白書」によれば、2020年、中国事業「縮小」及び「第三国への移転・撤退」と回答した企業は合計で企業全体の3.9%に過ぎない。この数字は2017年の7.4%、18年の6.6%、19年の6.3%に比べれば、低い水準にとどまっている。

 

 言い換えれば、日本企業は中国から撤退せず、政府による中国生産拠点の国内回帰やASEAN移転を支援する対策が不発に終わったと言える。

出所)日本貿易振興会「中国経済と日本企業 2022年白書」により沈才彬が作成。

出所)日本貿易振興会「中国経済と日本企業白書」歴年版により沈才彬が作成

 

 

◆市場原理に対抗できない行政指導

 それではなぜ日本企業は政府の行政指導に背を向けているか? 一言で言えば、企業は利益追求という市場原理に従って動き、政府は市場に勝てない。

 

 中国で積極的にビジネスを展開している企業は日本企業の中でもグローバルな競争力を備えた優良企業ばかりである。これらの企業は長期にわたって、中国市場を開拓する努力を重ねた結果、いまは利益収穫の時期にある。この事実は中国進出日本企業の営業利益の推移を見れば一目瞭然となる。

 

 ジェトロの「中国経済と日本企業 2022年白書」によれば、2021年度、営業黒字の日本企業の割合は中国進出日系企業全体の72.2%を占め、2012年以来、最高を記録した。一方、赤字企業の割合は12.7%、調査開始以来の最も低い水準だった(図3を参照)。

出所)日本貿易振興会「中国経済と日本企業 2022年白書」により沈才彬が作成。

 確かに、コロナの影響で、2020年に中国の日系企業のうち、黒字企業の割合は63.5%となり、前年の68.5%から5ポイント低下した。しかし、主要国の日系企業全体の黒字企業の割合48.9%に比べれば、中国の日系企業の黒字企業の割合は14.6ポイントも高く、主要国のなかで韓国に次ぐ高い水準だ。

 

 高いレベルの中国進出日系企業の黒字企業割合は、世界に比類なき産業集積や調達の現地化に伴うコスト低下と切っても切れない関係にあると見られる。

 

 ジェトロの日系企業調査で、各国・地域において、「今後1~3年で現地調達を拡大する見通し」に関する調査結果を見ると、在中国日系企業では、2020年時点で90.4%が「現地での調達を拡大する」と回答している。この率は、アジア・オセアニア地域において最も高く、同地域の平均(74.8%)を大きく上回っている。

 

 また、このうち、中国の「地場企業からの調達」を拡大するとの回答は89.1%であったのに対し、「日系企業からの調達」拡大は 20.2%と大きな差が見られている。この結果からは、今後、在中国日系企業のサプライチェーンの管理・構築において、地場企業からの現地調達を進めていこうとする方向性が明確だと言えよう。この方向性も日本政府の行政指導に背を向けている。

 

 要するに、日本企業が中国市場で得た利益に比べれば、政府による中国撤退支援策のメリットが少ない。しかも中国撤退を支援する補助金支給策は一時的なものであり、長期戦略を構築する日本企業にとって、魅力がない。

 

 

安定的な日中関係は日本の国益にかなう

 2020年以降、中国は2年連続で米国を上回り日本の最大の輸出先となっている。現在、中国の巨大市場をぬきにして日本の経済成長も産業発展も語れないと言っても決して過言ではない。安定的な日中関係は日本の国益にかなう。

 

 今年は日中国交樹立50周年という節目の年に当たる。日本にとって、日中国交樹立の原点は何か? 筆者はその原点が「親米睦中」(アメリカと親しく、中国と仲良く)にあると思う。いまは正に原点回帰の時だ。

 

 米中が激しく対立する現在、「アメリカ一辺倒」や「中国包囲網関与」を唱える政治家が増えているが、これは日本外交の王道ではないと、筆者は思う。

 

 確かに、日米同盟は日本外交の基軸だ。戦後日本の平和も復興も高度成長も日米同盟があってからこそ成し遂げられたものだ。一方、中国はいま日本企業の最大市場、利益の源泉となっている。日米同盟を堅持しながら、互恵的な日中関係を構築していく、というバランスが取れた外交戦略が日本に求められる。日本は国益にかなう「親米睦中」戦略で、米中対立に加担するのではなく、米中の仲介役、緊張緩和の促進剤という役割を果たすべきではないか。

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