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第81話 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は中国でベストセラーへ

中国経済の最新動向

 先日、中国出張中の私が北京市の繁華街王府井にある中国最大の本屋・新華書店本店に行った。「話題の本」コーナーに行くと、珍しい風景が目に入る。著名なアメリカ人社会学者エズラ・F・ヴォーゲル氏の名著『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の中国版『日本第一』(上海訳文出版社、2016年)が平積みとなっており、注目される。
 
 店員によれば、この本は良く売れている。今年3月に上海訳文出版社に出版され、初版2万部はすぐ売切れ、重版1万部も結構売れている。日中関係が良くない時期に、日本を高く評価する真面目な学問的な書籍がこんなに売れているのは、正直に言うと私の予想外である。さらに面白いことには、読者の多くは反日感情が強い若者たちである。
 
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 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』はエズラ・F・ヴォーゲル氏が1979年に書いた本である。出版されると、日米両国でベストセラーとなり、米国では「日本ブーム」を巻き起こしたほどだった。中国でも1980年に世界知識出版社に翻訳・出版され、書名は『日本名列第1』だった。でも当時、中国ではそれほど大きな反響がなかった。
 
 現在、日中両国は安全保障分野では、互いに敵対政策を取っている。敵国と見なされる日本を称賛する本が中国当局の許可なしで出版されるのは、常識では考えにくい。逆に言うと、『日本第一』の出版は中国政府の意向を反映したものと見ていい。
 
 それでは、なぜ中国政府はこの時期に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を36年ぶりに中国での再出版を許可したか?その背景には一体何があったのか?
 
 一言で言えば、中国経済と社会はいずれも大きな転換期に入り、日本の経験が中国の参考になるからだ。原著のサブタイトルは「米国への啓示」だが、中国の思惑は実に「中国への啓示」にある。
 
 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』出版されてから8年後の1987年、日本の1人当たりGDPがアメリカを上回り、世界主要国の中でナンバーワンとなった。この意味では、著者の予測は見事に的中した。しかし、その後、日本経済はバブルが崩壊し、長期低迷に陥り、「失われた20年」と言われる。そして、2010年、日本は終に中国に逆転され、世界第二位の経済大国の地位を失った。
 
 37年を経った現在、ほかの国が引き続き日本に学ぶ必要があるのか? 実は各国から疑問視する声が上がっている。特に、世界第二の経済大国になった中国では、「もう日本に学ぶものがない」と豪語する言論まで出ている。しかし、中国政府はこの傾向を強く警戒している。なぜかというと、この傾向が蔓延すれば、中国は謙虚さを失い、根拠なき過信と自己陶酔に陥り、中華民族の復興という「中国の夢」が遠のかざるを得ない危険があるからだ。
 
 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の特徴は経済学ではなく、社会学の視角から実地調査を通じて日本社会システムを研究・分析することにある。著者本人の言葉を借りれば、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とは、経済規模の世界一を指すものではなく、日本の社会システムモデルが成功し、世界一と言えるほどという。例えば、世界で最も低い犯罪率、最も高い平均寿命、最も良好な教育水準などである。
 
 37年経った現在、日本の状況は当時に比べれば確かに大きく変わった。しかし、まさに著者が中国語版の序言で述べる通り、「本書で述べた日本の多くの強みは、今でも途上国のみならず、米国と中国のような経済大国にも啓示を提供している」「(中国など)各国の読者が本書から得た情報は、現代化を実現できるのが技術だけではなく、現代化を促進する幅広い社会システムの発展にかかわるものである」と。
 
 現実的に中国は日本に学ぶべきものが依然と多い。例えば、1990年代以降、日本経済は長期低迷に陥ったにもかかわらず、社会の安定を保っている。それは一体なぜか?中国はいま経済減速が続き、将来的には長期停滞に陥る懸念が強まっている。仮に長期停滞に陥った場合、社会安定をどう保つか?これは中国政府が考えなければならない切実な課題となる。言うまでなく、世界で最も安定していると言われる日本の社会システムは中国の学ぶべきモデルとなる。
 
 さらに中国は経済規模では日本を上回ったが、経済の質は日本に比べ遅れを取っている。例えば、中国人による「爆買い」の対象、温水水洗便座の多くは、実は浙江省で作られた「メイド・イン・チャイナ」製品である。しかし、ブランド、デザイン、技術、コア部品は全部日本製だ。そのギャップが大きい。
 
 環境分野でも中国は日本に学ぶところが多い。高度成長期の日本は環境汚染など公害問題が頻発していた。数十年にわたって官民が努力した結果、日本は環境保全優等生となった。青い空、綺麗な水、緑豊かな環境。これは外国人観光客に残った日本のイメージである。一方、中国は高度成長期の日本と似たような環境問題に直面している。PM2.5、酸性雨、CO2、二酸化窒素など、深刻な環境問題は今国民の健康を脅かしている。成長と環境をどう両立させるかが中国政府の喫緊の課題となっており、日本の環境対策が参考になることは間違いない。
 
 そのほか、小さい経済格差、低い犯罪率と役人の汚職率、高い民度、強い責任感、正しい礼儀、普及した国民医療保険、教育重視など、こうした日本の特徴はいずれも中国の学ぶ対象となるのである。
 
 エズラ・F・ヴォーゲル氏は、日本人でも中国人でもなくアメリカ人である。彼の日本に対する客観的な見方は説得力がある。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は、中国人に日本を再認識させる絶好の教材を提供したといえよう。

 

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