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採用・法律

第43回 『経営者の悩みなんでも相談』

中小企業の新たな法律リスク

乾燥して気温が下がる冬を迎え、新型コロナウイルス感染症流行の第三波が到来しつつあります。それも、全国に広がる大波になるかもしれません。このような感染症流行の波は、これから何度も繰り返されるでしょう。緊急事態宣言が終了した後、リアルの職場での勤務を再開していた企業も、再び、社員にテレワークや自宅待機をさせることになるかもしれません。一方、感染防御対策をなお一層徹底しながら、リアルの職場で勤務を続けなければならない社員もいるでしょう。社員の感染リスク、重症化リスクに向き合う企業の義務については、本コラム第35回で取り扱いました。今回は、コロナ禍がもたらした個人と組織の危機を乗り越えるヒントについて考えてみます。
 
* * *
 
坂本社長:ちょっと宜しいですか、賛多先生。今日は、私が感じていることを聞いていただけますか。コロナ禍になってから、だんだん社員たちのことが分からなくなってきたのです。こんなことは、法律問題ではないかもしれませんが、誰に相談してよいかも分からないのです。
 
賛多弁護士:どうぞ、どうぞ。まずは、何でも思いの丈をお話ください。経営者には、誰にも相談できない悩みがあるものです。利害関係がなく、厳格な守秘義務を負っている弁護士だからこそ、どんなことでも安心して打ち明けることができます。もし私共が得意とすることでなければ、他の専門家にお繋ぎすることもできますから。
 
坂本社長:よかったです。私も、職場で社員たちと毎日顔を合わせていたときには、社員一人ひとりの個性や会社に対する思いをそれなりに理解していたつもりです。ところが、事務系・企画系のほとんどの社員をテレワークにしたら、メールのやりとりやWebミーティングが時々あるだけで、社員が何をしているのか、まるで見えません。決まった仕事はこなしているようですが、どんな気持ちでいるのか分からないのです。それがどうしても不安になります。
 
賛多弁護士:それは、会社という人の組織を束ねる社長として、当然のご心配だと思います。テレワークをしている社員の中にも、会社がどうなっていくのか、社長がどんなお考えでいるのか、自分がどう見られているのかなど、形は変っても、似たような不安を感じている方々がおられるかもしれませんね。
 
坂本社長:そうですね。一方では、現業系・営業系の社員は、現場や客先に出向いて仕事を続けています。感染が拡大しつつある地域なので、かなり緊張を強いられているはずなのですが、弱音や不満は上がってきません。使命感が強い者が多いので、ストレスがあっても黙って飲み込んで頑張っているのではないか、それもどこかで途切れる者がいないか、やはり不安なのです。
 
賛多弁護士:なるほど。確かに、その状況が続くと、バーンアウト(燃え尽き症候群)を心配しなければならない人がおられるかもしれませんね。社長として、社員の心の内が推し量れなければ、どのように声を掛けるべきかにも迷われることだろうと思います。
 
坂本社長:そうなんです。社長として、全ての社員向けに何か力強いメッセージを出すべきではないか、いやその前に、社員一人ひとりと面談して話を聞くべきではないかなどと、逡巡しているところです。
 
賛多弁護士:それぞれ効果は期待できるのだろうと思いますが、社長のご不安は、社員一人ひとりの仕事への向き合い方に多様な変化が起きていることを敏感に感じ取っておられるが故かもしれません。感染症の脅威が日常化することによって、私たちは、生身の人間の脆弱さを意識するようになりました。家庭と仕事が切り離せなくなりました。「健康」や「家庭」は、社員一人ひとりで異なります。境遇が異なって、接触が減れば、自分のことで精一杯で、他人に共感を持つことは難しくなります。社員自身も、自分の心の内で起きている変化を意識していなかったり、言葉にすることが難しかったりするかもしれませんね。
 
坂本社長:確かにそうです。今起きていることは誰にとっても初めての経験ですから、他人のことは勿論、自分のことさえも、よく分かっていないと自覚するしかありませんね。
 
賛多弁護士:ええ、そう肚をくくるところから始めなければならないのかもしれません。ご参考になるかもしれない2つの実践例があります。1つは、精神障害等のある従業員が職場に定着することを支えるSPIS(エスピス)というWebシステム、もう1つは、医療機関で働く職員が自律進化する組織体質に変えていくHit-bit(ヒットビット)という活動です。
 
坂本社長:それは、どんなものなのでしょうか。
 
賛多弁護士:SPISは、障害者の就労移行支援や障害者雇用の現場で精神障害者本人が自分の職場定着に効果があった訓練や支援をシステム化したものなのですが、障害者本人と会社の担当者、そこに臨床心理士や精神保健福祉士といった外部支援者が入った3者で行うのが標準です。本人が毎日自分のコンディションとコメントを入力し、それを会社の担当者と外部支援者が見守り、適宜にコメントを返していくのです。なかなか職場への定着がうまくいかないと言われている精神障害を持つ方ですが、これを活用すると大抵がうまくいくようになる実績を上げ、企業だけではなく公務員の職場でも活用され始めています。そこでのポイントは、コメント欄でやりとりされることが、段々、初めは事柄ばかりだったものが気持ちの自己開示を含むものに変わっていき、3者の間で信頼が育まれ、「物語」が展開されていくことなのです。
 
坂本社長:それは興味深いです。外部の方が常に見ていてくださり、仲をとりもってくだされば、当事者は安心して対話ができるでしょうね。
 
賛多弁護士:ええ、時には、思い切って自分の感情を書き込んだり、相手に踏み込むメッセージを出したりすることもできるようになるから、関係性が深まっていくのでしょうね。
一方、Hit-bitは、毎日、10人未満程度の部署ごとに5~10分程度の終礼を行い、必ず全員から何か一言ずつ話してもらうことを繰り返すのですが、どんな発言でもそこに意義やその人らしさを見つけてフィードバックするのです。「なんでも言ってみて。できるできないは後で」と。愚痴や不満が出ても、些細なことや大胆なことであっても否定せず、何か承認できることがないかを探します。管理職の役割が、何でも自分が責任を背負い込むことから、部下が自ら改善を提案したり、チャレンジしたりすることを支援することへと変わり、職場は、上からの指示命令体質から下からの自律進化体質へと劇的に変化するそうです。
 
坂本社長:なるほど。上司や同僚と何でも言い合える関係になっていきそうですね。
 
賛多弁護士:おっしゃるとおりです。それは、身近なことから自分のアンテナに引っ掛かっていることを言葉にし、それが周囲に受け入れられることを経験し続けることによって、自分の「価値観」が解放されていくからなのでしょう。
 
坂本社長:毎日、習慣にすること、みんなでやる仕組みにすること、小さなエピソードから語り始めること、否定せずに承認することなど、色々、参考になることばかりです。わが社も、社員それぞれが自分を解放できる職場になるように、教えていただいた取組みをもっとよく知りたいと思います。
 
* * *
 
このようなご相談も、十分に法律問題になり得ます。2020年6月から、企業は、パワハラを防止する措置を講じることが法的に義務づけられましたが、パワハラは、相手の言動を受け容れられない価値観の衝突から生まれます。人事評価に不満や不信がぬぐえないのは、価値観を理解し合えていないからです。自分の価値観を把握していなければ、他人の価値観を認めることができません。永遠の課題である人間関係の絡まった糸をほぐすお手伝いをすることが、弁護士が日常的に取り組んでいる法的紛争の解決そのものかもしれません。
 
【参考】
【SPIS(エスピス)について】
  全国精神保健職親会(vfoster)https://www.vfoster.org/spis.html
 
HIT-Bit(ヒットビット)について】
患者サービス研究所 https://pcs-c.com/
 
 
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 小島健一
 

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