まだ顕在化していないブームの兆し、新たに生まれる新常識。新しい価値観をどんどん取り入れていくことができるのが若者たち。若者たちの中でも、トレンドを握り消費を動かすパワーを秘めた女性たちの“インサイト”に注目すると、新しいヒットを創るヒントが見えてくる!
2020年に新型コロナウイルスの感染流行で外出自粛が始まるとともに消費意欲が減退していたものの一つに、メイクアップ化粧品市場があります。
人と会う機会が減り、在宅時間が増えてメイクする機会も減り、ベースメイク(ファンデーションや下地等)、ポイントメイク(マスカラ、アイシャドウ、リップ等)といったメイクアップ市場は大幅に縮小しました。
海外からの来日に制限がかかったことによるインバウンド需要の消失や、化粧品を販売する店舗の休業、テスターや美容部員によるアドバイスの自粛の流れも逆風となりました。
2022年からはコロナ禍の状況改善によって外出機会が少しずつ増加。2023年になり最近ではマスク着用も個人の判断に委ねられ、5月からはコロナが感染症法上の分類でインフルエンザと同じ「5類」になる見込みとなり、徐々に消費が回復し始めています。その中で、コロナ禍以前には見られなかった、新しいトレンドも生まれています。
今、若年層の女性たちには、どんな商品が求められているのでしょうか。彼女たちの間で最近話題になり、ヒットした商品にはどんなものがあるのか、具体的な事例を見ていきましょう。
★KATE(ケイト)の口紅「リップモンスター」
1つ目の事例は、2021年5月1日に発売した株式会社カネボウ化粧品のKATE(ケイト)の落ちにくい口紅「リップモンスター」。入手困難になるほどの大ヒットで、現在でもドラッグストアなどの店頭を見てみると、品切れが目立つほど絶大な人気が続いていることがわかります。
メイクアップ化粧品の中でも、マスクを装用すると隠れてしまう口紅は、マスクで覆われない目元用の化粧品(マスカラ、アイライナー等)に比べ、需要が激減と大変厳しい環境におかれていました。
そんな中で生まれた大ヒット商品「リップモンスター」の口紅の特徴は、①マスクをしても落ちにくいことと、②鮮やかな高発色であること、③保湿機能も兼ね備えていて乾燥しないこと。さらに、④「欲望の塊」「2:00AM」「ラスボス」といった、一度聞いたら忘れられないユニークな色名が、SNS上で大変話題になりました。
ケイト リップモンスター
リップモンスター「全色カラーチャート」
「リップモンスター」の成功の要因は、顧客を惹きつける「新規性のある機能」と「メイク欲をかきたてる要素」の2つが掛け合わさったこと。
「新規性のある機能」は、唇から蒸発する水分を活用して、口紅が密着ジェル膜に変化する技術によってリップの色持ちが良くなり、唇につけたばかりのときの鮮やかな色が長時間持続するという、メーカー独自の科学技術をもとに実現されています。
「メイク欲をかきたてる要素」は、ターゲットの「使ってみたい、試してみたい」という気持ちを刺激する工夫のこと。
もともとメイクをする人達の間では「口紅を塗らないとメイクが完成しない・口紅が無いと顔が寂しい」だから「口紅は外せない」というインサイト(欲求)が存在し、日常のメイクと口紅を塗ることは強く結びついていました。
しかし、化粧の必要性が薄れ、マスクをつけるようになると、自然と口紅の優先順位が下がり、「口紅を使わないと満足できない、使いたい」という欲求も、意識の奥底に眠ってしまっていました。
使わなくてもいいやというモードに切り替わってしまった人達の潜在ニーズを、いかに突いて動かすのか(口紅を買ってもらうのか)が課題だったということです。
発売後すぐに、SNSでも広く話題になったリップモンスターのカラーラインナップは、「ラスボスってどんな色だろう」「2:00AMって自分のメイクに使ったらどんな風になるんだろう……」のように、試してみたい好奇心が掻き立てられるものでした。
単に奇をてらった名前をつけたわけではなく、このネーミングには、それぞれに特別な意味が込められています。例えば、「2:00AM」はモンスターが活発になる時間帯である、不気味なダークナイトをイメージしたくすみ系ディープレッド。「Pink banana」はモンスター界にあるであろうピンク色のバナナをイメージしたまろやかなニュアンスのあるピンクベージュ。
このように、それぞれの色にはワクワクする物語が隠されており、ターゲットの興味・関心と、使ってみたいメイク欲をかきたてる工夫が仕込まれていたのです。
「リップモンスター」の事例から感じられることは、コロナ禍を経て生活者の「自分自身を大切にしたい」という意識が高まるとともに、ターゲットのメイクへのモチベーションの比重が「人に見られるための化粧・身だしなみの化粧」から、「自分自身が楽しむための化粧」へと変化しているということ。
その中で、「リップモンスター」は、「今まで自分が使ったことのないリップの色を試してみたい、複数のアイテムを使って自分のメイクを楽しんでみたい」という欲求に刺さり、ターゲットの購買意欲を刺激したのです。
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