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ビジネス見聞録

今月のビジネスキーワード「リスキリング」

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 「わが社のDX」「DXを成功させる組織」「DX戦略」・・・。「DX」という言葉を聞かない日はないくらいDXに対する関心が高まりました。最近、それとセットのように「リスキリング」という言葉が使われるようになりました。

 なぜ、「リスキリング」が注目されるようになってきたのでしょうか。また、「リカレント教育」や「スキルアップ」とどう違うのでしょうか。一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤 宗明さんにお伺いしました。

技術的失業」を防ぐ最大の解決策がリスキリング

――リスキリングは日本でもすっかり有名な言葉になりました。その立役者の一人が後藤さんですが、最初にリスキリングに興味を持たれたきっかけから教えて下さい。

 「リスキリング」という言葉を知ったのは2016年。アメリカでデジタル分野の展示会に行った時です。AIとか、ブロックチェーンなどに混ざって「デジタル人材の育成」についてのコーナーがあり、そのセッションに出席すると、盛んに「リスキリング」という言葉が使われていたのです。

 それは、現在の労働者はデジタルについてのスキルが足りないので、デジタル時代に即応するためのトレーニングが必要だといった意味でした。トレーニングすることで、デジタル化によって「なくなる仕事」から「成長していく仕事」に移動できるというわけです。

 当時の僕の最大の関心事は、AIやロボットなどによって仕事が自動化され、人間の仕事がなくなる「技術的失業」でした。どうすれば、「技術的失業」を出さずに済む未来がやってくるのか。その解決策を考えることが僕のテーマでした。

 アメリカの展示会や国際会議などに参加する中で、「技術的失業」を防ぐための最良の解決策がリスキリングだという考え方があることを知ったのです。

 これは絶対に大事なことだと思い、2017年頃から、取りつかれたようにリスキリングに関する成功事例の収集に奔走していました。

――リスキリングを日本に広めるためには、どのような活動をしたのでしょうか。

 2018年頃から行政機関や企業などに、「アメリカではデジタル化に対応するためにリスキリングというものをやっていて」といった具合に一生懸命アプローチしていました。まったく相手にされませんでしたが…。

 困っていた時にリクルートワークス研究所が出版している雑誌で「人事のAI原則」という特集を組んでいるのを見つけました。AIと人事の両方の観点から編集されていたので「リスキリング」について理解してもらえるかもしれないと思いアプローチをしました。すると「面白い」ということになり、リスキリングを世に広めるためのプロジェクトが起ち上がりました。僕も客員研究員として2020年からレポートを出したり、カンファレンスを開くなどプロジェクトの活動に協力しました。

 プロジェクトの期間は1年限り。ちょうど新型コロナウィルス感染症が広がっていった時期でした。その影響で、これから本格的にデジタル化とリスキリングが日本で必要になると思い一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを起ち上げ、リスキリングに関する自治体などへの政策提言や企業への導入支援などを始めたのです。

コロナ禍をきっかけにデジタル化の遅れを認識する

――日本では、どうしてリスキリングに関する関心が低かったのでしょうか。

 今、振り返ると分かるのですが、2018年、19年あたりは、DXみたいなものに対する注目度が弱かった。「デジタル人材は大事だよね」みたいな会話は成り立つのですが、具体的なアクションにはつながりませんでした。

 急激に注目度が上がったのは、やはりコロナ禍の影響が大きいですね。移動の自粛が始まり、非対面型の働き方やサービス提供などが求められるようになりました。そこで改めて「あれ、うちってデジタル人材がいないよね」と認識したのです。2020年あたりからリスキリングに対する関心が急激にあがっていきました。

リスキリングを行うのは企業

――改めてリスキリングとは何か教えてください。

 まず言葉ですが、「リスキル」は、スキルを獲得させるとか、身に着けさせるという意味です。組織が主語で、従業員が目的語になるので、組織が従業員をリスキルするといった言い方をします。

 日本では、個人が自主的に取り組む「学び直し」や「リカレント教育」などとごちゃまぜに使われていますが、全く違います。企業はデジタル時代に向けて経営戦略や事業戦略を作り直す必要があります。新しい経営戦略や事業戦略などに沿って従業員が働けるように、会社が責任をもって教育することがアメリカやヨーロッパで定着しているリスキリングなのです。

社内で育てれば、コストは6分の1

――社内教育に熱心なのは日本で、アメリカ企業はあまり熱心ではないといったイメージがありましたが。

 確かにアメリカではスキルアップは個人の自己責任といった考えは強いと思います。そうした社会の中で会社責任で従業員を教育するリスキリングが広がっていったのは、デジタル人材の圧倒的な不足です。外部からデジタル人材を雇おうとすれば、めちゃくちゃ給与が高い。3年前にアメリカでAI分野の営業担当者を雇おうとしたことがあるのですが、初年度の年収の相場は2000万円からでした。ツイッター社では平均年収は4000万円と言われています。こんな高額な給与を出すのは難しい。

 そこで、社内でデジタル人材を育てようという考え方が広がっていったのです。社内で育てれば、外部から人を雇うケースに比べて費用は6分の1に抑えられるという数字もあります。経済的合理性の観点からもリスキリングが広がっていったのです。

――リスキリングとスキルアップはどう違うのでしょうか?

 スキルアップとかキャリアアップといわれるものは、これまでの延長線上に行くイメージですね。これまでの仕事と連続性があるから、たとえば経理の方が、より高度な経理のスキルを身に付けるために先輩からOJTで学ぶといったことができました。

 それに対して、リスキリングは、社内に新設されたデジタル部門など、新しい業務、新しい部門で働けるようになるための教育です。今までの仕事の延長線上ではないため、社内に教育できる先輩がいないケースが大半でしょう。だから、これまで日本企業が得意としてきたOJTや階層型の研修などではカバーできないのです。

高度なリスキリングから小さなリスキリングまで

――企業がリスキリングの教育を行いたいと考えているのは、どんな社員でしょうか。

 二つのパターンがあります。一つは、新しい事業の推進役を担う次世代幹部候補のような人たちに高度なデジタル分野のリスキリングを行うというもの。二つ目はボトムアップというか、会社全体のデジタルリテラシーをあげることを目的としたものです。

 日本ではボトムアップに対するニーズが高いかなと思います。とくに問い合わせが多いのがベテラン中高年社員の再戦力化を目的にしたものですね。

――中高年の方達は、どの程度のスキルを身に付ければいいのでしょうか。

 最低限求められるのは、持ち場のデジタルツールを使いこなせるレベルです。リクルートワークス研究所の坂本貴志さんは、それを小さなリスキリングと呼んでいましたが、非常にわかりやすい表現だと思いました。

企業によって必要なデジタル技術は違う

――リスキリングを導入するためには、どうすればいいのでしょうか。

 まず、デジタル化によって、将来、会社の事業がどのように変わっていくのかを考える必要があります。たとえば魚の養殖をしている海外のあるスタートアップはAI技術の導入によってひれや斑点で一匹一匹の個体認証をしています。それによって、どの魚が病気か、どの魚が出荷時かなどが瞬時に分かるようになったのです。チェックのために魚を捕まえる必要も、病気などを見分けるための専門家も不要です。こうした技術は日本企業でも活用できるかもしれません。

 また、国内のあるプラスチックメーカーは、外国人の研修生を中心に工場を回していましたが、いずれは研修生の確保が難しくなると考え、研修生がやっていた業務のほんどすべてをロボットに移行することで製造を自動化しました。ロボットを動かすために担当する社員は高度なプログラミング技術を学んだそうです。同様に自動化が必要な企業は少なくないでしょう。

 このように、一口にデジタル化と言っても、企業によって必要なデジタル技術は違います。AIやプログラミングの他にも、ブロックチェーン、メタバース、AR・VR、web3など、本当に様々な技術があります。だから、具体的にどんな組織、どんな事業になるのかが決まっていなければ、どんなデジタル技術を学ばせるのか決められないのです。

欧米では自治体がサポ―ト

――中小企業が未来の姿を予想してリスキリングをするのは難しい気がしますが。

 ですから、そこは行政の介入が必要だと考えています。実際、欧米では地方自治体が、その地域でメインとなる産業、強くしていきたい産業を中心にデジタル化を支援しています。そのためには、まず、各自治体が、どんな産業を強くしていきたいのかといったビジョンを持つ必要があります。もちろん、そのためには、自治体がデジタルを理解しなければなりません。

展示会はヒントの宝庫

――自分の業界がどう変わっていくのかイメージするためには、どうすればいいでしょうか。

 展示会などを見学することを進めています。とくに海外の展示会はヒントが沢山あるし、刺激にもなります。社長とやる気のある従業員で視察に行くのが理想ですね。こういうところにこそ助成金を出すべきだと思います。

 一方で、日本企業のリスキリングの成功事例が増えていけば、「あの会社にできたならうちもできるだろう」「みんながやってるからうちもやろう」といった日本人特有の横並び意識が働き、一気に広がっていくかもしれません。

 一度はずみがつくと早そうですね。本日はありがとうございました。
(聞き手/カデナクリエイト 竹内三保子)

後藤 宗明(ごとう むねあき)
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事。早稲田大学政治経済学部卒業。1995年に富士銀行(現みずほ 銀行)入行。2001年渡米。グローバル人材育成を行うスタートアップを起業。2008年帰国。米国NPO アショカの日本法人設立、米国フィンテック企業の日本法人代表、アクセンチュア、AIスタートアップのABEJA、リクルートワークス研究所などを経て2021年、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。著書「自分のスキルをアップデートし続ける『リスキリング』」

ビジネス見聞録WEB 目次
p1 収録の現場から 〈楮原達也「決算書を読み解く技術」映像講座
p2 講師インタビュー 日淺光博「会社を進化させる『中小企業のDX導入法』」 
p3 今月のビジネスキーワード「リスキリング」
p4 3分でつかむ!令和女子の消費とトレンド/【第12回】令和女子とメイク欲の復活
p5 展示会の見せ方・次の見どころ

3分でつかむ!令和女子の消費とトレンド/【第12回】令和女子とメイク欲の復活前のページ

講師インタビュー「DXはペーパレス化から始めよ」DX専門コンサルティングファーム日淺代表 日淺光博氏次のページ

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