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第68話 中国主導のAIIBの陰の主役はアメリカだ

中国経済の最新動向

 中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)は、日本を除くアジア主要国とアメリカを除く世界主要国の幅広い支持を得て、年内に発足する。これは中国台頭とアメリカによる一極支配の終焉という二大世界潮流を象徴する出来事と言えよう。
 
 中国主導のAIIBの設立は習近平外交の大きな勝利と言っても過言ではない。しかし、その陰の主役は実はアメリカである。
 
 まず、AIIBの設立は、アメリカ主導の国際金融秩序に対する挑戦と一般的に捉えられるが、実はアメリカが自国主導の既存国際金融秩序の改革を拒否し、覇権国の既得権益を頑固に維持しょうとした結果である。
 
 周知の通り、2010年に国際通貨基金と世界銀行は新興国の強い要請に応え、中国、インドなど新興国の議決権(投票権)シェアを拡大する改革案を採択した(次頁の表を参照)。だが、事実上の拒否権を持つアメリカの議会はこの改革案の批准を拒否するため、未だに国際通貨基金の改革案が実行に移されていない。188カ国が加盟している国際金融機関は、アメリカ一国の議会の反対によって、改革が挫折し、新興国の夢が打ち砕かれた。
 
 アメリカが既得権益を死守し、頑なに改革を拒むイメージは世界各国に広がり、新興国の不満が限界に来ているのは事実である。この強くて幅広い不満の声を反映するように、今年4月に開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議は、名指しでアメリカを批判し、「アメリカがIMF改革を早期に批准することを強く促す」という表現を声明に盛り込んだ。
 
 中国主導のAIIBは覇権国のアメリカに対する新興国の不満が爆発した形で誕生する。もし改革を拒否するようなアメリカの覇権主義的な行動がなければ、AIIBの誕生もないだろう。仮に中国をAIIBの「生みの親」に例えれば、アメリカが「助産師」と言えよう。
 
china68_01.jpg もちろん、中国主導のAIIBは日米を除く主要国の賛同を得た理由は、アメリカの覇権に対する不満だけではない。アジアの巨大なインフラ需要も重要な一因である。アジア開発銀行(ADB)によれば、2020年までアジアだけで毎年8000億ドル以上のインフラ需要がある一方、世界銀行とアジア開発銀行はそれぞれ100億ドルしか資金提供ができない。インフラ分野の需給ギャップがあまりにも大きい。中国はこの巨大なギャップに着目し、それを埋めるためにAIIB構想を打ち出し、アジア域内国のみならず、英・仏・独・伊など域外国の誘致にも成功した。
 
 第二に、AIIB構想は王滬寧・党中央政策研究室主任(室長)、劉鶴・中央財経指導小組弁公室主任(事務局長)、林毅夫・元世界銀行副総裁兼チーフエコノミストら習近平国家主席のブレーンたちが考案し、中国の経済外交戦略として習主席に提案したものである。彼らの共通バックグランドはアメリカ留学経験であり、いずれもアメリカを熟知しその長所を上手に学ぶ人物である。
 
 AIIB構想の最初の発案者は林毅夫・元世界銀行副総裁兼チーフエコノミスト(現国務院参事、北京大学教授)である。林氏は台湾出身の経済学者で、1979年5月、台湾軍人だった彼はバスケットボールを抱えながら台湾の金門島から中国の厦門(アモイ)に泳ぎ着いた。その後、北京大学に入学。経済学修士課程を終えた1982年に、米シカゴ大学に留学し、ノーベル経済学賞(1979年)受賞者T.W.シュルツ氏に師事した。1986年、シカゴ大学で経済学博士課程を終えた林氏は、米エール大学でポスドクとして約1年間にわたって経済学研究を続けた。1987年、帰国後の林氏は国務院発展研究センター副部長、北京大学中国経済研究センター長などを歴任した後、2008年2月~2012年6月に世界銀行副総裁兼チーフエコノミストに就任した。林氏のアメリカ留学・勤務期間は10年に及ぶ。
 
 2009年、リーマンショック発生後、当時、世界銀行副総裁兼チーフエコノミストを務めていた林氏は、金融危機の対応策として「新マーシャルプラン」構想を提起し、「アメリカ、中国のような大国は途上国に資金提供を行い、世界範囲のインフラ投資を促進すべきだ」と唱えた。
 
 だが、アメリカはこの構想に全く興味がなく、強い感心を示したのは中国政府だった。2013年、習近平国家主席は、林氏が提起した「新マーシャルプラン」構想を中国が直面する内的・外的ネックを解決する方案に変えるよう指示したという。この指示に基づき、林氏をはじめ複数の経済学者は「アジア版マーシャルプラン」を考案し、経済・金融手段でアジア地域の経済一体化を図る構想を纏めた。この構想は中国の豊富な外貨準備を活用し、深刻化する生産過剰を外部に消化させ、周辺国家との関係も改善し、アメリカによる中国への封じ込めを打破するという「一石三鳥」の効果を狙うものである。これはいわゆる「一帯一路」(中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる「シルクロード経済ベルト」と中国沿岸部から東南アジア、インド、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸を結ぶ「21世紀海上シルクロード」)とAIIB構想の原型である。
 
 経済学者たちの英知を集約し、民間学者の提案を政府レベルの戦略構想に具体化する取りまとめ役を果たしたのは劉鶴・中央財経指導小組弁公室主任(事務局長)である。2013年5月、習近平国家主席が北京訪問中のトーマス・E・ドニロン米国家安全保障問題担当大統領補佐官と会見した時、同席した劉氏を次のように持ち上げた。「彼は劉鶴です。私にとって極めて重要」と。この劉氏もアメリカ留学経験者である。
 
 1952年生まれの劉氏は、中学校時代(北京101中学校)では習氏の同窓だった。1978年人民大学に入学し、卒業後に国家発展改革委員会に就職した。1992~93年米シートン・ホール大学に留学し、94~95年にハーバード大学ケネディー行政学院で勉強を続けた結果、MPA(行政修士)学位を取得した。
 
 2012年、劉氏は党中央委員(205人)に選ばれた。今年3月、劉氏は中央財経指導小組(トップは習近平主席)弁公室主任兼国家発展改革委員会副主任に就任し、習主席を補佐する最重要の経済ブレーンとなった。ちなみに、劉氏は1998年に設立した「中国経済50人論壇」の発起人でもある。この論壇には、周小川・中国人民銀行総裁、楼継偉・財政相、林毅夫・元世界銀行副総裁兼チーフエコノミスト、呉敬璉・国務院発展研究センター教授、樊鋼・国民経済研究所長、胡鞍鋼・清華大学教授、張維迎・北京大学教授、李揚・中国社会科学院副院長などトップクラスの経済学者の名が並んでいる。
 
 「一帯一路」とAIIB構想を中国の国家戦略として最終的に仕上げ作業を行ったのは、王滬寧・党中央政策研究室主任(室長)である。王氏は習近平主席の最側近プレーンと言われ、習は外国訪問の時も国内視察の時も必ず王を同行させる。現在、王氏は中国で最も権力を持つ党中央政治局(25人)の委員兼書記局書記を務めている。アメリカのマスコミは王氏を「中国国内政策と外交政策の重要なデザイナーの1人」と評価している。
 
 王氏は中央政治局内の唯一のアメリカ留学経験者でもある。彼はもともと上海復旦大学教授であり、著名な政治学者である。1988~89年、王氏は訪問学者として米アイオワ大学及びカリフニア大学に留学し、滞在中30以上の米都市と20校弱の米大学を訪問し、アメリカの政治システム及び政権交代のメカニズムを詳しく調べた。帰国後、『アメリカに反対するアメリカ』という著書を出版し、民主主義に基づくアメリカの政治システムを客観的に詳しく紹介した。
 
 要するに、AIIB構想で重要な役割を果たした習近平主席のブレーンたちはいずれもアメリカで教育を受けた経験の持ち主である。彼らはアメリカで取得した知識と構築してきた人脈を生かし、今、中国の国家戦略に役立つように活躍している。
 
 第三に、アメリカは当面、AIIB参加を見送ったが、アメリカ主導の国際金融機関・国際通貨基金の専務理事も世界銀行の総裁もAIIB支持を表明し、AIIBとの協力も模索している。
 
 さらに、AIIBの顧問団には世界銀行に約30年間勤めたアメリカ人の弁護士がいる。名前はNatalie Lichtensteinという。彼女は嘗て世界銀行の東アジア・太平洋地域首席顧問を務め、1978~80年には米財務省国際業務法律顧問を務めた経験もある。
 
 わかりやすく説明すれば、アメリカはAIIBに参加しなくも国際通貨基金や世界銀行を通じて影響力を行使することが可能だ。また、AIIBのアメリカ人法律顧問を通じて、米中両国の歩み寄りを探る可能性も否定できない。
 
 英・独・仏・伊・豪、韓国など57カ国が創設メンバーに名を並べたAIIB。孤立感が強まり、一番困っているのは言うまでもなく、参加を拒否し続ける日本である。
 
 「中国主導だから反対」という思考停止に陥る安倍政権は、最近、AIIBを敵視する発言が目立つ。「悪い高利貸からお金を借りた企業は結果として未来を失ってしまう」「金融機関は恣意的な運用をしたらアウト。疑問が残りながらも入っていいということではない」(安倍首相)。
 
 だが、中国主導といえども、アメリカの同盟国が多数参加しているAIIBを批判すればするほど、AIIB参加国の反感を買うことになりかねず、日本は益々孤立に陥る恐れがある。日本の国益を考えれば、今は前向きにAIIBの関わり方を真剣に検討すべきタイミングだと思う。

 

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