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採用・法律

第30回 『競合他社への転職を止められるか?』

中小企業の新たな法律リスク

近年、人材の流動性が高まり、以前と比べ、転職も一般的となってきました。しかし、それに伴い、競合他社からの人材の引き抜きや営業秘密の漏洩が問題となっています。
部品加工業を営む会社の佐藤社長も、優秀な社員の転職を機にこれらの問題について、賛多弁護士に相談に来ました。
 
* * *
 
佐藤社長:最近、私は当社の人材の流出に頭を悩ませています。きっかけは当社のA社員が昨年、ライバル会社のX社に転職したことです。A社員は、とても優秀な社員であり、当社も将来の幹部候補として目にかけて育ててきたのですが、ライバル会社に転職してしまいました。当社にとっては、A社員の転職だけでも大きな打撃だったのですが、最近になって、元々、A社員を慕っていた若手社員が次々と当社を退社し、X社に転職するようになりました。風の噂では、どうやらA社員が当社の若手社員にX社への転職話を持ち掛けているようです。A社員が自分の意思でX社に転職するのは仕方ないとしても、転職後、X社の社員となった後で当社の若手社員の引き抜きをするのは、法的に問題があるのではないでしょうか。
 
賛多弁護士:社員の引き抜きはどのような会社であっても頭の痛い問題ですね。しかし、法律上は、競合他社による引き抜き行為は、原則としては違法にならないのです。なぜなら、会社には営業の自由が認められており、人材の獲得行為も営業活動の1つとして許容されているからです。
 
佐藤社長:では、例えば、X社が組織的に当社の社員を同時期に大量に引き抜き、当社の営業を困難にさせたような場合であっても問題ないのでしょうか。
 
賛多弁護士:いいえ、引き抜き行為が社会相当性を逸脱し、背信的な方法で行われた場合には違法となります。このような場合には、もはや営業の自由の範囲内とはいえないからです。そして、引き抜き行為によって会社の売上が大幅に減少するといった損害が生じた場合には、引き抜き行為を行った他社に損害賠償請求することができます。
 
佐藤社長:なるほど。しかし、裏を返すと、悪質といえない限りは違法にはならないということですね。では、仮にA社員が退職する際、当社がA社員との間で競業避止義務契約を交わしていれば、A社員はライバル会社のX社に転職できず、今回のような事態にはならなかったということになりますか。
 
賛多弁護士:退職者が競合他社に転職することが予想される場合には、確かに、競業避止義務契約を交わしたほうが望ましいといえるでしょう。しかし、それでも万全とはいえません。なぜなら、競業避止義務契約によってあまりにも厳しい制限を定めてしまうと、競業避止義務契約自体が無効になってしまうからです。例えば、競業を行う地理的範囲が広範である場合、競業避止義務期間が2年を超えている場合、競業避止義務を定める見返り(代償措置)が何ら定められていない場合には、そのような競業避止義務契約は無効になる可能性が高いといえます。
 
佐藤社長:退職者が会社との間で自由な意思で競業避止義務契約を交わしていたとしても無効になってしまうことがあるんですね。
 
賛多弁護士:個人には職業選択の自由が憲法上保障されていますので、これを過度に制限するような競業避止義務契約は、憲法の理念に反するともいえるため、いくら当事者が自由な意思で合意していたとしても無効になってしまうのです。
 
佐藤社長:なるほど。退職者との間で競業避止義務契約を交わす以外に何か対策はありますか。
 
賛多弁護士:これまでお話したように社員が競合他社に転職してしまうことを法的に防ぐのはなかなか難しいといえます。しかし、社員が競合他社に転職する際、会社として最も注意しなければならないのは、社員による営業秘密の持ち出しです。営業秘密とは、顧客名簿や新規事業計画、価格情報、製品の製造方法や設計図面などをいいます。
 
佐藤社長:確かに、人材の流出だけでなく、それと同時に会社の営業活動の根幹ともいえる営業秘密が競合他社に漏洩すれば、事業が立ち行かなくなることさえ起こりえますね。元社員が営業秘密を持ち出した場合、元社員や元社員からその営業秘密を取得した転職先の会社はどうなりますか。
 
賛多弁護士:元社員は不正競争防止法によって民事上、刑事上の責任を負うことになります。また、元社員から営業秘密を取得した転職先の会社もまた、同様の責任を負う可能性があります。もっとも、いくらその情報が会社にとって有用であってもそれが法的に営業秘密として認められるためには、それが秘密として管理されていることが必要になります。例えば、その情報にアクセス制限やマル秘表示といった措置を施しておくことが必要です。
 
佐藤社長:ということは、その情報の管理方法が杜撰な場合には、仮にそれが持ち出されてしまったとしても、持ち出した者に対して法的な責任を追及することは難しくなるということでしょうか。
 
賛多弁護士:その通りです。会社にとって有用な情報をきちんと管理することは情報漏洩のリスクに備えるという点でも重要ですが、同時に秘密情報として法的に保護してもらうという点でも重要なのです。
 
佐藤社長:なるほど。賛多弁護士、1度、当社にとって有用な情報の整理とその管理方法の妥当性について検討してもらえないでしょうか。
 
* * *
 
 競合他社への転職を法的に制限することは難しいということをご理解いただけたかと思います。法律で制限することは難しい分、優秀な人材の採用、確保は会社の重要な経営課題の1つといえます。
どのような競業避止義務契約が無効となってしまうかは、経済産業省の平成25年3月「人材を通じた技術流出に関する調査研究報告書」が参考になります。また、ある情報が不正競争防止法上の「営業秘密」として法的に保護されるための要件については、経済産業省の最終改訂平成31年1月23日「営業秘密管理指針」が参考になります。これらの報告書や指針を参考にしつつ、競合他社への転職によって会社に損害が生じた場合に速やかに対応できるような体制を構築することも重要といえます。
 
 
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田 重則
 

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