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国のかたち、組織のかたち(59) 米価安定をめぐる闘争⑤(天明の大飢饉 中)

指導者たる者かくあるべし

 天明6年の危機

 令和7年に暮らす庶民(有権者)は、先の参議院選挙で、自公政権に「ノー」を突きつけた。庶民の怒りは、米の価格高騰と諸物価上昇という生活の危機に目覚めたのである。江戸時代の米価政策の失敗は、凶作という引き金があったとはいえ、対策はつねに後手、後手にまわった、令和のいまも多くの教訓を学ぶことができる。

 天明3年(1783年)の飢饉による危機をなんとかしのいだ幕府だったが、3年後、さらなる破局が訪れる。天明6年は、全国的に再び凶作に見舞われた。東北地方は、平年の7割の収穫を確保したが、この年の7月、幕府のお膝元である関東地方を大洪水が襲う。降り続く大雨によって、先年の浅間山の大噴火で降り積もった火山灰で川床が浅くなっていた利根川をはじめ、関東の各河川が一斉に氾濫し、江戸の下町は大半が水没するほどだった。農地は壊滅状態となる。

 さらに冷夏の影響は全国に及び、この秋、米の収量は激減した。

 この一大事に、頼みの幕政はというと政争が激化し、大混乱していた。同年8月に第10代の将軍、家治(いえはる)が死去。これにあわせて老中田沼意次(たぬま・起きつぐ)が経済政策の失政を追及されて免職に追い込まれる。しかし、田沼を追い落とした譜代派と、隠居後も影響力を持つ田沼派との綱引きがつづき、後任の老中は決まらなかった。

 まさに、参院選敗北の責任論をめぐって石破下ろしで綱引きを繰り返す、現在の政局と同じだ。その政治空白のさなかに天明6年の大凶作の危機が襲う。

 政争激化で後手にまわる米価対策

 田沼政治=賄賂政治というレッテルがつきまとうが、田沼は、力をつけつつある商業資本の力を頼り、商人の特権を認めて、株仲間(同業組合)からの運上金(いわば法人税か)で、幕府財政の立て直しを計った重商主義者だ。武士財政=扶持米の石高との常識から抜け出せない守旧派からは理解が得られないだけのことだ。田沼は復活を目指して粘り腰を見せる。飢饉対策そっちのけで後任選びをめぐる政争が激化する。

 その司令塔なき幕府を未曾有の凶作が見舞う。当然、米相場は急騰の一途だ。天明3年の凶作で餓死者が続出した東北諸藩は、今回はそれなりの収穫があったが、江戸、大坂への米の移出(回米)を禁じて領内に備蓄する。当然である。

 幕府は、流通の活性化で危機を凌ごうとした。大坂の米市場から商人たちに大消費地で水害に見舞われた庶民のために米を運ばせた。しかし市中に十分な米は出回らない。米問屋が値上がりを見越して米を抱え込んだ。幕府は公認の米問屋以外の商人の米取扱いを認めて、競争原理で乗り切ろうとするが、米の取り扱い実績のない商人は、かえって利ざやを稼ごうと暗躍して暴利を貪る。仲買を入れずに問屋から直接小売に卸すことで、流通マージンを圧縮する策も流通システムを混乱させただけで、肝心の米は消費者に行き渡らない。ひと月もしない間に、「効果なし」として、いずれの策も取り下げられた。

 打ちこわしの全国波及

 田沼時代に起きた前回の飢饉では、幕府は商人から直接米を買い上げて、「救い米」(義援米)として安く売ったが、その発想もなかった。商人との交流があった田沼とは違い、商いを蔑視し、江戸城内で政争に明け暮れる幕閣たちには流通の仕組み、商人の行動原理に対する知識も興味もなかった。江戸町奉行の判断で、田沼時代にならい少量の救い米が極貧者にのみ配られたが、焼け石に水だった。令和の米騒動で、農水大臣が、「これが米価を引き下げる決め手だ」と大見得を切って放出したなけなしの政府備蓄米が、大半の消費者の眼に触れることもなく効果がなかったのと同じだ。

 江戸に米の回送をせっつかれ、地方からの米が入らない大坂の米問屋、精米業者は窮地に陥る。掛け売りの商慣行を現金売りに切り替えて、当面の商売を続けようとした商人に庶民はキレた。

 明くる年の5月、大坂の庶民は、米商人に「安く米を出せ」と押し買いを迫る。応じない米商人には店舗を壊し、火をつけた。「打ちこわし」である。襲われた米屋は大坂だけで百軒にのぼったという。打ちこわしの嵐は、まもなく江戸へ、そして全国へと波及する。

 令和の庶民はおとなしい、わけではない。同じく怒っている。その結果が選挙に現れたのだと自覚していれば、政府与党は、「石破下ろし」にうつつを抜かしている場合ではない。(この項、次回へ続く)

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考資料
 『日本の歴史18 幕藩制の苦悶』 北島正元著 中公文庫

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