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交渉力を備えよ(50) 情報なしに交渉主導権は握れない

指導者たる者かくあるべし

 日中国交正常化の条件として、日米安保堅持の容認を周恩来に迫った田中角栄だったが、周の答えは意外に恬淡としたものだった。

 「結構です。日米安保条約を(日本側が)すぐには廃棄できないことはよく判っています。なぜなら、米国の傘の下にあるのでなければ、日本に発言権がなくなるでしょう」

 首相の田中、外相大平正芳ともにホッと胸をなでおろした。というのも直前の8月末にハワイで開かれた日米首脳会談で、田中は米大統領のニクソンに「日米関係に影響を与えることはない」と約束した上で日中交渉に乗り出すことへの了承を取り付けていたからだ。

 しかし中国は、したたかだった。日米安保条約のハードルは、米中間ですでに極秘に結着していた。

 前年の7月、極秘に北京を訪問した学者で米大統領顧問のキッシンジャーに周恩来は、日本の防衛力増強、核武装の可能性、それを助長する日米安保に強い懸念を示し、日本からの米軍撤退を強く求めていた。

 10月のキッシンジャーの北京再訪も含めて両者の14回に及んだ会談で、周は執拗に日本への警戒心を露わにしている。

 これに対してキッシンジャーは、一貫して概略、次のように中国側を説得している。

 「日本国民が望むなら、日本から米軍を撤退させることにやぶさかではない。しかし、そうなると、日本は再び戦前の対外膨張主義に走る。日米安保はそれを阻止する役割を負っている」

 いわゆる「ビンのふた」論である。

 キッシンジャーの周到な根回しを経て、ニクソンが訪中したのは、1972年(昭和47年)2月。この時のニクソン・周会談で台湾問題に関してニクソンは、「一つの中国」原則と台湾独立運動を支援しないことを明言した。米国の対中外交基本姿勢の大転換であった。そしてニクソンはさらに日本に関して、一歩踏み込み次のように秘密裏に約束している。

 「米国は、台湾におけるプレゼンスが減少しても、日本が台湾に進出するのを止めさせるべく、最大限の影響力を行使する」

 それとも知らず米国に気を使う日本。あたかも妥協したかのようにかわす中国。いかなる交渉でも情報を握った側が主導権を握る。

 当時の外務省高官は、米中交渉の細部について「情報は無かった」と後に吐露している。

 米中協議の詳細な会談録が公開されたのは、それから30年を経た2001年のことである。 (この項、次回に続く)

 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

参考文献

『田中角栄の資源戦争』山岡淳一郎著 草思社文庫
『記録と考証 日中国交正常化・日中平和有効条約締結交渉』石井明ら編 岩波書店
『求同存異』鬼頭春樹著 NHK出版
『周恩来・キッシンジャー機密会談録』毛里和子、増田弘監訳 岩波書店
『ニクソン訪中機密会談録』毛里和子、毛利興三郎訳 名古屋大学出版会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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