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故事成語に学ぶ(48) 兵の形は水に象(かたど)る

指導者たる者かくあるべし

 勝てる組織は柔軟
 再び『孫子』に戻り、勝つ組織のあり方を考えてみる。「虚実篇」の結びには、勝つための軍隊のあり方を水にたとえて、こう書く。
 〈夫(そ)れ兵の形は水に象る〉(そもそも軍の形は水を模範とする)。ここから論を展開する。
 〈水は高い所を避けて、低い所へと走る。水が地形に合わせて動くように、軍というものは、敵の兵力が優勢な地点(実)への攻撃を避けて、敵の準備が整わない弱点(虚)を攻めてこそ勝利する〉。「敵の虚を突く」とはこのことを言う。
 軍には固定した形はなく、敵軍の情勢によって自在に変化するのがよい、というのだ。これはあらゆる組織、企業活動にも当てはまる。あらかじめ決めたプロジェクトとオペレーションに固執して、業界情勢の変化、ライバルの動向への対応をおろそかにしては、勝利はおぼつかない。勝てる組織の行動は柔軟でなければならない。そう読める。
 組織編成についても同様だろう。気心の知れた数人で立ち上げた企業もそれなりに大きくなると、組織は細分化されて精密に運用する必要が出てくる。しかし、取引分野で営業部門(戦闘部隊)をあまりに細かく区分してしまうと弊害も生じる。たとえば、ある部門がライバルの弱点に気づきながら、部署間で情報を共有しなければ、別部門がライバルの強みを持つ部分を集中攻撃して敗れることも出てくるだろう。挙げ句の果てに、敗北の責任の押し付けあいになってしまう。
 大組織になるほど、命令・報告という縦割りのトップダウン運営に加えて、横の連携によって情報の共有が必要となる。その自由闊達さがあればこそ、情報は水のように自由に組織内のすみずみにまで行き渡り柔軟な対応が取れるのだ。
 
 上善(じょうぜん)は水のごとし
 水の働きにさまざまなヒントを得るのは、中国思想の特徴とも言える。『孫子』を書いた孫武と同じ春秋時代に生きた哲学者の老子も、水を引き合いに出して、有名な言葉を残している。
 〈上善は水のごとし〉(最高の善というのは水のようなものだ)。水は万物を育て助けながらも自己主張しない。その働きには無理がない。時に従って変転流動して窮まることがない。人生観ではあるが、やはり水に柔軟性という特性を見ている。
 あえて闘争を望まないという「不争の徳」を説いた老子も、避けられない不条理としての戦争、闘争についても書いている。ここでも「水の精神」なのだ。
 〈この世に、水以上に柔弱なものはない。それでいて堅くしっかりとしたものを攻撃するとなると、水に勝るものはない〉
 一滴の水も繰り返し岩にあたれば、やがて、それを穿つ。「柔能く剛を制す」の精神である。
 
 五輪書にも水の巻
 宮本武蔵も、『五輪書』「水の巻」を〈二天一流という自分の兵法は水を手本にしている〉と書き起こしている。流れる水のように、心の持ち方は流動自在の状態に置いて、一つ所に置くな。心は偏ることなく中心において、その流れは一瞬も止まることがないようにせよ、という。
 武蔵は一流の剣術家であるが、彼が五輪書で説こうとしたのは、どうやら、剣術にとどまらないようだ。
 〈私が書いているのは、一対一の剣術勝負の方法のように書いてあるが、万人と万人が対峙する合戦の要領として大きく見ることが大切だ〉
 剣術から合戦へ、さらに先には組織運用、生き方にまでの広がりを持っている。
 水から学ぶべきことは、なかなか深いのである。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
※参考文献
『孫子』浅野裕一訳注 講談社学術文庫 
『老子』金谷治訳注 講談社学術文庫
『中国の思想6 老子・列子』奥平卓、大村益雄訳 徳間書店
『五輪書』宮本武蔵著、鎌田茂雄訳注 講談社学術文庫

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