今回は、読者の皆さんがすぐに購入や利用に役立てていただけるようなテーマではないこと、お許しください。私にとって興味深かった話でしたので、本コラムでもぜひお伝えしたくなり…。
旅慣れた友人がしばしば言うのは、「初めての街を訪れたら、地元の人が集うスーパーマーケットや市場を覗いてみると面白いですよ」と言う話です。確かにそうです。以前、佐賀県の唐津に足を伸ばした折、地元のスーパーに立ち寄ったら、魚のすり身を扱うコーナーがとても充実していて目を奪われました。
「魚ロッケ(ぎょろっけ)」という、すり身にパン粉をつけて揚げた商品がずらりとあったのが印象に残っています。あとで知ったのですが、唐津の家庭では冷蔵庫に常備していて、おやつや酒のおつまみとして長年親しまれているそう。この魚ロッケ、大分県や山口県でも味わえる存在だそうで、いつか食べ比べしてみたいとも考えています。
で、今回の話なのですが、先日、カンボジアのプノンペンに行ってきました。タイのバンコクへの出張だったのですが、まるまる1日の空きができたので、バンコクから国際線でわずか1時間強というプノンペンに飛んだのでした。
プノンペンの空港に着いて、そのまま直行したのは「オルセーマーケット」という名の市場です。プノンペンにはいくつかの市場があり、「セントラルマーケット」という観光客向けのところもあります(ここもあとから訪れましたが、美しいドーム状になった天井が魅力的でした)。ただ、真っ先に目指したのは、ローカル向けの市場である「オルセーマーケット」にしました。プノンペンに暮らす人の食に、ほんのわずかな時間でも触れてみたかったからです。
ここが「オルセーマーケット」です。観光客が訪れることはほぼ想定していないようなつくりでした。市場の入り口は生活雑貨などを扱うお店が中心です。
内部の通路は暗くて狭いもので、初めて足を踏み入れる者としてはちょっと不安にもなりましたが、地元の買い物客やそれぞれのお店の迷惑にならないように気をつけながら、歩みを進めていきました。
圧巻だったのは、魚の干物たちです。相当な種類の干物をいくつものお店が扱っていました。どのお店も、綺麗に並べていたり、あるいは吊り下げていたり…。
生の状態のものではイカが目立ちました。たくさんの氷を当てて販売していました。
このほか、パームシュガー(ヤシの樹液からつくられた砂糖)や、カンボジアで栽培が盛んなことで知られるコショウなども目にすることができました。
ここまでの市場散策でけっこう満足だったので、そろそろ次の目的地に向かおうと考えて、「オルセーマーケット」の出口側に歩いていったのですが…。
なんだかすごく気になるものを、複数の店で見かけました。それが上の画像です。常温状態でこんもりと盛られた、あずき色のなにかです。そこにはしゃもじ突き刺してありましたから、量り売りのような感じなのでしょう。
日本から来た私には、こし餡のようにしか映らないのですが、あんこではないですよね、きっと。
意を決して、一軒のお店で立ち止まり、尋ねてみました。地元の言葉を私は理解できないですし、英語も堪能ではないので、スマートフォンの翻訳アプリを使っての会話でした。
わかりました。これ、カピでした。東南アジアでしばしば目にするエビのペーストです。スープや炒め物に入れる調味料であり、タイなどでは瓶詰めのものが売られていますね。日本でも輸入食材のお店やネット通販でなら購入可能です。
ここプノンペンの市場では、こんなふうに量り売りだったのか、と理解できました。実際、お店の人と話している途中も、地元のお客さんがガラス容器にたっぷりと、このエビペーストを入れてもらっていました(上の画像でお店の人が手にしているのがそれです。かなりの量を購入していますね)。
カピに目を凝らしていた私に、お店の人が「ちょっとひと舐めしてみますか」と少量をすくってくれたので、お言葉に甘えました。ああ、これは濃厚です。エビの旨みが極めて強烈。値段を聞いたら、しゃもじでひとすくいの分量が1ドルだそうです。日本円で言うと145円前後というところ。十分に安いと思いますが、地元の常連客だったらさらに値段は落ちるのかもしれません。
「美味しいですね」と伝えたのち、スマホアプリを駆使して、「これって発酵食品ですよね」と聞いてみました。カピは確か、エビと塩を混ぜて醗酵させた調味料だったと思うので…。
お店の人は、私のスマホを覗き込んで、わが意を得たりといったふうに笑いました。「そうですよ、私の店が扱うのは、ぜんぶ発酵食品です」と、店先に並んでいる商品を順に指さします。
パパイヤ、きゅうり、魚、そして、このエビです、といいます。本当にそうですね。しかも、そのどれもがみるからに味わい深そうな姿です。
プノンペンもまた、発酵食品が根づいている街なのだと知りました。気になったものをそのままにして市場を後にせず、頑張ってお店の人に話しかけてよかった。そう感じられた、旅の一場面でした。