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人の心を取り込む術(20) 部下の意見を聞く耳(黒田如水)

指導者たる者かくあるべし

 異見会

 戦国武将の黒田孝高(くろだ・よしたか)は、禄こそ12万石と少なかったが、軍師として仕えた豊臣秀吉から、「わしが死んだら天下を取るのはこの男」と評価されたほどの知謀の将である。軍師としての官兵衛、隠居後の号である如水(じょすい)の方が有名だろう。
 関ヶ原の戦いが終わり、徳川の世となると、家康と後継の秀忠の覚えもめでたい息子の長政は福岡藩50万石の知行を任され、如水も藩主の父として福岡城に入った。乱世でこそ知謀の数々を駆使してきた如水には活躍の場もあったが、平和の世となっては、手持ち無沙汰だ。彼は余生を、息子の藩主・長政を盛り立てて、いかに黒田家の安泰、永続のレールを敷くかに専念する。
 今で言うなら、如水は波乱万丈の乱世を潜り抜けて会社を創業し発展させてきた「会長」で、長政は、親の目から見て少しばかり頼りない二代目「社長」の関係だ。
 如水は、福岡城に入ると、会長特権で、藩の運営協議組織を立ち上げた。「異見会」という。
 家臣たちの多様な意見を汲み上げるための会議だ。「藩政について意見があるものは、任意に出席して言いたいことを言え」と告示した。規約にはこうある。

  ・出席者の身分、資格は問わない。
  ・職位を忘れて上役の批判をしてもよいから自由に意見を述べよ。
  ・上役は批判されても人事報復してはならない。
  ・会議で飛びかう藩の機密を絶対に漏らしてはならない。

 今の時代でもなかなかあり得ない「自由討論会議」だ。
 異見会には、藩主の長政も、藩祖で言い出しっぺの如水も出席する。

 組織の意見の多様性確保のために

 藩主といえば、絶対権力者である。通常の会議であれば、誰もが言いたいことも言えない。藩主と異なる意見があっても黙ってやり過ごす。「ははぁ」と、その場では従うふりをしながら、本心から納得していないから、決定事項も行き渡らない。陰では不満が蓄積し、トップへの批判が飛びかうことになる。トップに権限が集中している権威主義的組織では、こうした傾向が著しい。
 たとえば、隣国ウクライナへ2月に電撃侵攻したロシアの“特別作戦開始決定幹部会議”の模様は、メディアで公開された。ご記憶にあるだろう。幹部たち一人一人に、大統領のプーチンが意見を聴く。「賛成です」の意見が相次ぐ中で、一人の幹部が、「時期尚早ではないでしょうか。まだ、外交的解決を探るべきでは・・・」と話しはじめた。プーチンは、発言者を睨みつけると、「そんなことは、聞いていない。やるのか、やらないのかだ!」と叱責する。発言者は、震えながら、「賛成です」と、言いかけた主張を撤回した。
 これでは会議を開く意味がない。しかし、ロシアだけの問題ではない。読者の身の回りでも、こうした、有無を言わせぬ「決定通達会議」は日常茶飯事ではないだろうか。
 如水の異見会創設は、多様な意見を自由戦わせて、よりよい決定で藩政を導こうというものだった。昨今はやりの組織内ダイバーシティ(多様性)確保の先取りだった。

 草履と下駄に託した「決断」の重要性

 如水がはじめた異見会は、福岡・黒田藩のよき伝統となり、幕末まで続いた。しかし当初は問題もあった。多様な意見が噛み合わずに結論が出ず、会議が延々と続くことになったという。如水は、会社の代表権を息子の長政に譲っていたから、毎回出席するものの、一切発言しなかった。会議の取りまとめの成否は議長役の長政にある。
 ある時、新参の若手出席者が、藩政の問題点と解決策を示し議論を要請した。賛否両論が百出して会議は漂流しはじめる。収拾がつかなくなり、長政が議論を引き取って言った。
 「提案者が示した解決策でいいのではないか。その意見に従うことにしよう」。ことの成り行きに如水は危機感を覚える。「問題は長政にある。長政には決断がない。若手の意見を丸飲みでは、藩主として組織の運営は難しい」と思った。
 〈自由に意見を戦わせて決定する異見会の前提は、藩主の決断力と統率力があればこそだ〉
 如水は死期が迫っていた。長政を呼んで、遺言のつもりで語った。
 「お前は、わしより優れている。秀吉公、家康公、秀忠公に気に入られて、50万石の城主に上りつめた。しかし、到底わしに及ばぬものがある。それは家臣の心をつかめておらぬことだ。わしが死んだら、家臣たちの心は離れる」
  如水は、「形見をやろう」と言って小姓に紫の袱紗(ふくさ)を持ってこさせた。包みを解くと、草履片方と下駄片方が出てきた。長政は、首をかしげてしばらく考えていた。
 「これは・・・」.
 「草履なら草履、下駄なら下駄、どちらか一足が揃っていなければ、役に立たぬと思っているのだろう?それが、先を読んでしか動けないお前の欠点なのだ。わしは、不揃いの足駄でも、まずは履いて駆け出して、戦場で命を懸ける家臣の心をつかんできた。大将に必要なことは、考える前に決断してまず走り出すことだ。家臣たちもお前にそれを求めているのだ」
 長政は、終生、父からの奇妙な形見を大事にした。それを見るたびに「決断」を心がけた。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『名将言行録』岡谷繁実著 北小路健、中澤惠子訳 講談社学術文庫
『歴史に学ぶ「人たらし」の極意』童門冬二著 青春新書

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