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『貞観政要』の教訓(1) 創業と守成

指導者たる者かくあるべし

 唐を開いた太宗の治世

 中国史歴代の帝王の中で、唐王朝第二代の太宗(李世民=り・せいみん)は最も名君の誉れが高い。先立つ隋朝が天下を統一してまもなく混乱に陥り、太宗は20歳で父の高祖とともに兵を挙げ、各地を駆けめぐって父をたすけ唐王朝を開いた。
 初代高祖時代の創業期の混乱を収めて内政の確立に力を入れた太宗の治世(626〜649年)は、年号をとって「貞観(じょうがん)の治」と呼ばれる。太宗の時代、数多くの名臣、功臣が彼を支えたが、彼の傑出した才能は、独裁的に権力を振り回すことなく、耳に痛い部下の忠告、諫言(かんげん)にも虚心に耳を傾けたことにある。むしろ諫言を奨励したことで判断はより合理的、客観的となり、臣民たちの支持は揺るがぬものとなった。
 幾度かこの稿で繰り返してきたが、独裁的権力者、リーダーというものは、意外に組織経営に必須の情報から隔絶されてしまう。周囲に仕えるものたちが、トップのお気に召さない本当の情報を、自らの保身のために上げてこなくなるからだ。「御意」「すべて上手くいっております」とオブラートにくるんだ虚偽の肯定的情報しか権力者には届かない。激闘を勝ち抜いて会社を立ち上げた創業者ほど、その弊に陥りがちだ。
 自ら、その悪弊から脱するために、組織内、あるいは国家の動きに対して真実の声を聴く耳を大きく開いていた太宗は、その一点において名君だった。
 その太宗と家臣たちのやりとりを、彼の没後、問答集の形でまとめたものが、『貞観政要(じょうがんせいよう)』である。後代の唐の皇帝に向けての帝王学の教科書として使われてきた。

 体制を長期維持するための教科書

 歴史というものは、おもしろいもので、同じような傑物たちが開いた政体でも、あっという間に消え去るものがあれば、長く命脈を保つものもある。古くは独裁的君主の始皇帝が開いた秦は二代の治世も維持できず消滅した。その後の座を項羽(こう・う)と争い帝王となった劉邦(りゅう・ほう)の漢は400年続く。
 わが国においても、栄華を極めた豊臣秀吉の「王朝」は、あっと言う間に姿を消し、とって代わった徳川の世は、15代250年にわたって統治権力を維持した。
 経営の世界でも、「時代の寵児(ちょうじ)」ともてはやされて一世を風靡(ふうび)した巨大企業が忽然と姿を消すかと思えば、かたや地道に一つの商品をつくり続ける和菓子屋が代をついで数百年の老舗として店舗を維持することもある。
 日本では、才能ある創業者たちは、永続経営体の秘密を、中国から渡来した『貞観政要』に探ろうとしてきた。今、大河ドラマで描かれている鎌倉幕府創始期の女傑、北条政子は学者に命じて同書を和訳させて治世の参考として熟読した。徳川家康もこの名著を愛読し、学者に講義させるとともに、これを出版し普及させた。明治維新後、権力基盤が不安定な皇室でも明治天皇は同書から帝王学を学んだ。

 馬上天下を取った後の論争

 始皇帝の秦滅亡後の混乱を収めた劉邦(漢の高祖)は、馬にまたがり天下を取った自負があった。農民出身で無教養だった彼に対して側近の陸賈(りく・か)は、『詩経』『書経』の講義を行った。劉邦は、しばらくして、「馬鹿らしい」と陸賈に噛みついた。
 「わしは馬上で天下を取った。いまさらに教養など要るか!」
 陸賈は、息巻く劉邦を厳しくたしなめた。「これは聞き捨てならぬお言葉ですな。確かに陛下は馬上(軍才)で天下を取られたが、では馬上で天下をお治めになれますか」。権力を握ることと権力を維持、発展させることは違うと指摘したのだ。
 さて、貞観政要にも同じような論争が紹介されている。
 あるとき、太宗は側近を集めて、「草創(創業)と守成(守り)は、どちらが難しいか」と下問した。創業以来の功臣の房玄齢(ぼう・げんれい)は答える。「それはもう、創業こそ難しいことです」。苦労をともにしてきた功臣なればこその述懐だ。
 これを聞いた側近ナンバーワンの魏徴(ぎ・ちょう)が反論する。「いやいや、守成こそ、はるかに難しいですぞ」。そして太宗が議論を引き取り言った。
 「それぞれの意見はもっともだ。しかし、わしにとって創業の苦労、苦心はもはや過去のこととなった。これからは、そちたちと一緒に心して守成の困難を乗り越えていきたい」
 創業の過去は過去として胸に納めて、全力で未来に向かう。この男には家臣たちがついていく。間違いない。

               ◇

 これからしばらく、『貞観政要』から「守成」の教訓を学んでいくことにしよう。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『貞観政要』呉兢著 守屋洋訳 ちくま学芸文庫
『貞観政要 全訳注』呉兢著 石見清裕訳注 講談社学術文庫
『中国宰相・功臣18選』狩野直禎著 PHP文庫

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