転勤を拒む社員が出てくる傾向が高まっています
年度末の人事異動の時期を迎えると、お客様からのご相談案件の中には、「社員からの異動したくないという意向が年毎に顕著になってきている」「首都圏の営業所に配転した営業社員が向こうで家を建て、本社に帰って来たくないといっている。」など、転居を伴う異動に関するお悩みが目立つようになります。
地方に本社があり、首都圏、近畿圏、中京圏に営業所等がある会社の場合、こうした大都市圏の給与水準は必然的に高い水準であることから、当該地域への転勤者には地域手当(都市手当)を付けたり、住宅手当を厚くしたりして、本人に経済的な負担がかからないように配慮されているのが一般的です。
ただ、このような賃金施策上の手当を支給していても、転勤を拒む社員が出てくる傾向が近年高まっています。少子高齢化が進むなかで、育児や子供の進学、老親の介護等の家庭の事情により転勤が難しい方が増えていることもありますが、「住み慣れた地域から動きたくない」「転勤によって新たな対人関係を築くのは不安」「都市生活の便利さに慣れた今では、転勤するくらいならこのまま都会で転職したい。」など、社員側にも様々な受け止め方があるようです。
会社としては、将来のリーダー・幹部候補として、様々な現場を経験させたうえで、総合的なマネジメント力をつけさせたいと願っていても、社員の中に「今の生活の安定を第一」と考える者が一定数以上を占めるようになれば、いい意味での競争意識が削がれることも覚悟しなければなりません。
転勤を受け入れてもらうための具体策
このような転勤を嫌う傾向が広がらないために、これまでも数多くの企業で多様な対応をとってきました。
①基本給表(賃金テーブル)を「全国転勤が可能な社員」と「地域限定社員」に分けて水準設定する。(前者をナショナル社員(N社員)、後者をリージョナル社員(R社員)などとと呼ぶことがあります。)
②昇格判断に際して、転勤経験を加点要素する。または、一定の職位・等級へ昇格では、転勤を昇格要件にする。
③住宅費用の負担分を大幅に軽減する(社宅扱いによる本人負担軽減や住宅手当の拡充)。
④地域手当(都市手当)の充実
このうち、①の基本給表(賃金テーブル)の水準について、全国転勤が可能な社員に対して高い水準を提示するという手法は、一時ほどの有効性はないかもしれません。
なぜなら、
●2つの基本給表に大きな金額差を設けるだけの合理性が認められないこと
●対象社員すべてを均等に移動させることはコスト面からも現実的でなく、転勤可能社員の中にもほとんど転勤しない社員が相当数いること
●転勤可能社員に実際に転勤命令を下したことがきっかけとなり、地域限定社員へコース転換したい旨の申請がなされることがあること
があり、人事異動が適正配置に係る政策的な経営マターであるがゆえに、画一的な運用が難しいという事情もあるからです。
昇格昇進の要件に絡める②のような対処法も一見有効だと思われますが、本社の事務方(管理部門)の優秀社員をいち早く管理職に登用しようという時などは、こうした条件設定が阻害要因となることもあります。また、昨今では、「管理職にはできればなりたくない。」などと考える若年社員が増える傾向にありますから、「管理職になれなくてもそれはそれで構わない。」と受け取られれば、転勤への動機付けとはなりません。
さらに、福利厚生の側面が強い③の住宅費用や④の地域手当を手厚くしすぎますと、今の生活水準・環境から離れられなくなり、次の転勤を嫌がる原因になることがあります。特に、地方本社から都市部への転勤の場合には、その傾向が強くより現れるものです。転勤辞令が、社員の転職を決意させるきっかけとなる場合もあるので、要注意です。
転勤(転居を伴う異動)とはいえ、一定の年限で元の地域(本社・主たる営業所のある地域など)に戻ることが確約されていれば、社員本人もその心づもりで異動を受け入れます。しかし、その転勤先での「後任がみつからない」、「他に相応しい人材がいない」などの理由で、特定社員が一カ所に何年も滞留することになれば、生活の主たる拠点がその地になってしまいますから、それ以降の転勤は拒みたいという想いにつながるかもしれません。こう考えますと、会社として転勤後の社員の生活に思いを寄せることも、人事管理を円滑に進めるための大切な仕事であることがわかります。
また、人事異動(特に転居を伴う異動)は、社員のキャリアパスそのものであり、社員個人の生涯設計にも大きく影響を与えるものです。であるがゆえに、自分の将来の職務の可能性やキャリアパスの見通し、賃金処遇の展開などが予測できない状態にあれば、今日のような先の見えにくい時代に転勤を躊躇する社員が増えることも、ある意味やむを得ないことかも知れません。
社員エンゲージメントを常に高く保ち、社員が「将来のなりたい自分へと仕事を通じて近づける」と実感できる人事体制作り、そして社長からの人事戦略に関するメッセージの発信がより重要性を増してきているいえましょう。