大王とか大帝とか言われる人―――名前の後に英語でthe Greatがつく人―――は近世・近代には三人ぐらいしかいない。ロシアのピョートル大帝と、我が明治大帝とフリードリッヒ大王ぐらいである。満洲国を作る中心者であった石原莞爾にもフリードリッヒ大王についての書物がある。
フリードリッヒが生まれたのはプロイセン(英語ではプロシヤ)である。プロイセンはベルリンを中心とする東ドイツ領あたりの小国である。彼が生まれた頃、つまり一七一二年(徳川六代将軍から七代将軍家継に変わる頃)のプロイセンは、三十カ国以上もあるドイツ諸侯国の一つに過ぎなかった。
もっとも南ドイツのバイエルン(英語ではババリア)と並んでその中では最も大きい国の一つであったが、イギリスやフランスやオーストリア(当時は大国)やロシアなどにくらべれば、一つの諸侯国の一つであって、格が一段下なのである。ドイツはまだ一つの国として統一されていなかった。
フリードリッヒは父親のフリードリッヒ・ヴィルヘルム一世によって厳格な軍事訓練とその教育を受けた。しかしフリードリッヒはそれが嫌でたまらず、青年時代いろいろ問題を起こしている。
彼が青少年時代に好きだったのは音楽とフランス文学であった。この文学青年が後にヨーロッパ切っての戦争の名人になるのだから不思議である。ナポレオンも驚くべき読書家であったし、後にドイツの大参謀長になったモルトケも文学好き、音楽好きであった。
おそらく文学は想像力と関係があるので、フリードリッヒも想像力が豊かな青年であり、その欲求を満たすためにフランス文学を好んだのであろう。王位につくとその想像力が実務と結びつき、大王を作り上げたものと思われる。
当時のオーストリアはハンガリーやその他の東欧諸国を含む大帝国であった。そのオーストリアがシュレージェン地方(英語でシレジア)に野心を伸ばした時にフリードリッヒは反撃して先ず軍事指揮者としての名声を得た。
当時は三十年戦争(一六一八~一六四八)という残酷な宗教戦争に対する反省から、あまり殺し合いをやらずに、軍隊の運用の上手下手で勝負が決まったことにし、また勝った方も敗者に過重な要求をしないのが普通になっていた。
しかしフリードリッヒは実戦を忌避しないで戦ったのである。オーストリア軍と二度も大きな戦い(一七四一、一七四二年)をして勝ち、シュレージェンを占領した。そして第二次シュレージェン戦争(一七四四~一七四五)でも大きな土地を手に入れた。
その後、オーストリアはロシア、スウェーデン、ザクセン、フランスと一緒になってフリードリッヒの小さなプロセインと戦うことになる。フリードリッヒはイギリスから財政援助などを得て―――イギリスが大陸でフランスが強大になることを抑止するのはその伝統的政策であった―――実によく戦った。
しかし勝つ見込みはまるでない。戦場でも勝ってばかりいたわけでない。これが七年も続いた。これが有名な七年戦争である(一七五六~六三)。そのうちロシアでフリードリッヒに好意を持つ皇帝が出てきたおかげで、フリードリッヒは敗戦国にならずに済み、シュレージェン地方も維持し、領土を拡大したままで終戦となった。
この例のためか、昭和二十年頃、日本政府はソ連(ロシア)に頼んで大東亜戦争の幕を引こうとしていた。私は中学生だったが、その頃のラジオで、フリードリッヒ大王の七年戦争のことが、日本人を勇気付けようという意図で放送する番組を聞いたことを覚えている。
フリードリッヒは後に、第一次ポーランド分割に参加したりするが、晩年の約三十年間は戦争しなかった。またする必要もなかった。どの国もフリードリッヒと戦争するのを嫌がったからである。領土は倍になっていた。
彼は青年時代以来の文学と音楽を愛好し続けた。彼のベルリン郊外のサン・スーシー宮殿は文学と音楽の中心となった。フランスからはボルテールが客として滞在した。大王自身が大バッハを驚かせるほどの作曲もした。
彼のシンフォニーを朝早くレコードで大きくかけると、私の子供達がみな寝床から起き出してきたことを憶い出す。それほど晴れやかな、元気のつく曲なのである。
大王は特にフルートを好み、楽団の一員として宮廷で演奏もした。かの作曲家ヨハン・ヨハヒム・クワンツが一本ないし二本のフルートのための協奏曲約三百曲のほか、フルートのための厖大な数の曲を残したのは主としてフリードリッヒのためである。
七十四歳になった大王は自分の愛する軍隊が軍楽隊と共に行進するのを、椅子にすわって眺めつつ、静かに息を引き取った。ナポレオンはフリードリッヒを尊敬し、青年時代にその肖像画を部屋に飾っていたという。
ナポレオンは後に大王のプロシア軍を粉砕して満足したのであったが、後にプロシア参謀本部の軍隊によって最終的な敗者にされ孤島セント・へレナに流されて死んだ。
渡部昇一
〈第24人目 「フリードリッヒ大王
「フリードリヒ大王の歩兵」
ヘイソーンスウェイト,フィリップ著
稲葉 義明 訳
新紀元社 刊
本体1,000円