文筆: 賃金管理研究所 取締役副所長 大槻 幸雄 氏
新型コロナウイルス禍による緊急事態宣言が5月末まで延長され、政府及び自治体の強い自粛要請の下で、国民は外出や移動が制約され、特定の業種に対しては強い休業要請が出されています。私たちは「命を守るためには経済活動を止めることもやむを得ない」という状況に初めて直面し、経済活動を広範にストップすることを余儀なくされ、その再開もままならないことから、企業収益の悪化と景気後退局面の長期化が懸念されています。
賃金管理面では、多くの企業にとって毎年4月期が定期昇給の時期にあたります。本来なら給与改定(定期昇給)を正しく実施したうえで、GW明けには夏季賞与に向けた評価の実施と賞与原資の決定及び個別配分への準備に向かうこととなります。しかし、休業要請を受けている業種を筆頭に、日常業務で様々な制限を受けている企業では、従来通りの給与改定が難しいと感じている経営者もきっと数多くいらっしゃることでしょう。
この20年ほどを振り返ってみても、最も賃上げ率が低かった第3次平成不況(ITバブル崩壊後)、リーマンショック、東日本大震災など、企業業績が急速に悪化する局面で、様々な賃金の抑制策が検討され、平時とは異なる非常時対応が求められました。この度のコロナ禍は、100年に1度レベルの非常事態であるといえるかもしれません。
もっとも、景気後退局面といっても、経営環境はその時々で大きく異なります。もし、業績が思わしくないからといって安易な賃金抑制策を採用すれば、人件費抑制効果は限定的でしかないのに、社員のモチベーションは低下し生産性も悪化する「負のスパイラル」に繋がることもあるので注意しなければいけません。
2002年の第3次平成不況時の賃上げでは、有効求人倍率は0.56倍、中小企業の賃上げ率は過去最低の1.19%を記録しましたが、今年3月の有効求人倍率は1.39倍、中小企業の賃上げ率も直近で1.94%となっており、当時の労働環境と今とでは大きく異なっています。もし、安易なベースダウンや昇給金額(昇給号数の調整を含む)の抑制を行えば、世代間の賃金バランスを崩し、賃金の伸び悩みと将来不安から、若手社員が離れていくかもしれません。景気回復期の推進力となる人材が定着するように配意しなければならない所以です。
今期の賃上げに限定していえば、ルールに沿った定昇運用を着実に行うことを基本とすべきです。そのうえで、時間外勤務の抑制、仕事のムダの排除など、生産性向上のための努力をし、それでも総額人件費に不安があるようであれば、そこで初めて賃金面でも非常時体制に移行することになります。
その際には、まず採用における退職者補充の見送り、業績に応じた賞与総原資の調整などが検討されるべきであり、人件費抑制効果が少ない割に士気の低下を引き起こしやすいベースダウンや昇給抑制は避けるべきでしょう。
なお“ルールに沿った運用”ということでは、休業時に会社が支払った休業手当に対する「雇用調整助成金」を申請する際も、労働基準法の定めに従って適正に就業規則や給与規程が整備されており、規則に則った運用がなされていることが前提となります。
平時より合理的な賃金制度が整備され、かつ適正に運用されていてこそ、非常時における臨機の対応や痛みを伴う賃金施策も生きてきます。何事も「基本」や「原則」の確立なくして、「例外」措置が社員に納得感をもって受け入れられることはないのです。
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