市場経済へ移行しつつあるモンゴル
先日、仕事ではじめてモンゴルに行く機会を得た。きっかけはモンゴル最大の企業グループであるタヴァン・ボグドの創業経営者、バータルサイハンさんから声がかかったことだ。
1917年のロシア革命以降、ソ連と中国の対立の中でモンゴルは翻弄された。1924年に社会主義国としてのモンゴル人民共和国が成立した。ソ連に次ぐ世界で2番目の社会主義国だった。以降モンゴルはソ連崩壊までは徹底した親ソ・社会主義路線をとった。
ソ連が崩壊する中で、東欧革命に触発されてモンゴルでも民主化運動が起き、社会主義と決別、一党独裁制を放棄した。1992年には新憲法を制定して普通の市場経済の国に移行している。
このような大きな体制変化があると、巨大な事業機会が生まれる。それを捉えて巨大な企業グループをつくる経営者が現れる。日本では、明治維新の後に三井を創った渋沢栄一、三菱をつくった岩崎弥太郎がその典型例だ。ソ連の崩壊を受けて、ロシアでは大きな資源コングロマリットが台頭した。韓国でも戦後に現代や三星などの財閥が生まれている。
モンゴルの行動力あふれる起業家
バータルサイハンさんはモンゴルの渋沢・岩崎のような人物。1995年創業のタヴァン・ボグドの祖業は日本の富士フィルムのディストリビューターとして始めた写真のプリント業だったという。以来30年近くを経過し、現在のタヴァン・ボグド・グループは銀行、商社、食品、アパレル、自動車ディーラー、小売、観光、ホテル、外食などなど幅広い事業分野を傘下に収め、モンゴル最大のコングロマリットになっている。KFCやピザハット、ロクシタン、ゴディバなどのグローバルブランドの現地法人も経営している。モンゴルの人口はわずか360万人。そのうちの12000人を雇用している。
モンゴルは資源国だ。当然の成り行きとして、他のコングロマリット企業は資源ビジネスを基軸にしている。その中でバータルサイハンさんのグループの特徴は、非資源の消費財分野で成長していることにある。
僕がモンゴル訪問の機会を得たのは、なぜかバータルサイハンさんが僕の競争戦略論や経営論を気に入ってくれていたからだ。オンラインで話をしたことはあったのだが、直接お目にかかるのは今回が初めてだった。
バータルサイハンさんはさすがにちょっと見たことがないようなスケールの大きな人物だった。とんでもなく意思決定が速い。つい最近もAIを使った医療診断サービスの事業を立ち上げたばかりだそうで、これからもガンガン投資をしてモンゴルの医療水準の向上に貢献したいとおっしゃっていた。
モンゴルの平均所得は5000USD。バータルサイハンさんは5年で10000USDにもっていくことを目標として掲げている。文字通りの所得倍増計画だ。グループの中核事業の一つであるカシミア製品の製造販売をする事業会社Gobiでは、工場の従業員の給料を年間20%引き上げるということを2年連続で成し遂げている。バンバン投資をして産業を興し、事業を成長させ、雇用を生み出し、国を豊かにする――すべてがこの一点に集中している。その気概に感動した。
近過去に遡る『逆・タイムマシン経営論』をリアルに体感
しばらく前に『逆・タイムマシン経営論』という本を書いた。「タイムマシン経営」という言葉がある。すでに「未来」を実現している国や地域に注目し、日本に持ってくるという発想だ。これに対して、「逆・タイムマシン経営論」はこの逆を行ったら何が見えるのかという発想だ。メディアが一斉に取り上げるような言説には必ずと言っていいほどその時代特有のバイアスが入り込んでいる。近過去に遡って当時のメディアの言説を振り返ると、さまざまな再発見がある。同時代のノイズが洗い流されて、本質的な論理が姿を現す。「新聞・雑誌は寝かせて読め」――近過去に遡り、その時点でどのような情報がどのように受け止められ、それがどのような思考と行動を引き起こしたのかを吟味すれば、本質を見抜くセンスと大局観を獲得できる。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」による古くて新しい知的鍛錬の方法だ。
日本の三井や三菱もそうだったが、世の中の体制が根本的に変わるような事態がなければ、タヴァン・ボグドのような会社は生まれない。バータルサイハンさんのようなとんでもないスケールの経営者は現在の日本をはじめとする成熟国では出て来ようがない。バータルサイハンさんと話をしていると、日本の明治維新期の渋沢栄一や岩崎弥太郎はこういう人だったのではないかという感がある。
モンゴルはいよいよ成長期を迎えている。人口の70%が35歳以下という若さだ。ウランバートルは交通渋滞がひどく、朝からごった返している。高度成長期の入り口にあった頃の日本もこういう感じだったのではないかと思う。
僕の逆・タイムマシン経営論の方法は新聞・雑誌の記事を過去に遡ってみていくというものだ。過去のことなので、当然のことながら現実には経験できません。今回のウランバートル訪問は、僕にとって「リアル逆・タイムマシン経営論」だった。貴重な経験だ。