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人事・労務

第58話 最低賃金改定が突きつける現実 ~“中小企業だから”“地方だから”はもはや通用しない局面に~

賃金決定の定石

 前回に引き続き、今回も最低賃金について取り上げます。

 8月4日の中央最低賃金審議会の答申を受けるかたちで検討されてきた各都道府県審議会の答申も、9月4日までに全てが出揃いました。その結果、全都道府県で1,000円を上回り、当初目安を上回る答申は39地域にのぼっています。

 東北や九州の各県など、これまで最低賃金が低いとされてきた地域では、人材確保と物価上昇に伴う生活保障の観点から、過去最大の思い切った引上げを決めた地域が目立ちました。70円以上の引上げは18県に達し(青森76円、岩手79円、秋田80円、山形77円、福島78円、群馬78円、石川70円、鳥取73円、島根71円、愛媛77円、高知71円、佐賀74円、長崎78円、熊本82円、大分81円、宮崎71円、鹿児島73円、沖縄71円)、その結果、全国平均は1,121円(前年比+66円)となりました。

 総額人件費の上昇に直結する最低賃金の大幅な引き上げは、地方の中小企業にとっては“重い現実”です。価格転嫁がなかなか進まない状況下では、経営者の皆さんが感じている不安や葛藤は当然のこととも思えます。しかしその一方で、一部の地域で経営者代表の審議員が反対の意思表明のために審議会を退席したケースがあったことはたいへん残念なことでした。なぜなら、この“退席”という行為は、社員の生活や社員の幸せに全く配慮していないかのような印象を与えるものだからです。

 昨今の最低賃金引き上げは、採用初任給の高騰や物価の上昇、国際的な賃金競争力をも視野に入れた動きと捉えることが出来ます。とりわけ物価上昇を受けて社員の“生活の質”に配慮した賃金施策は重要な意味を持っています。経営側としても、地域格差を理由に対応を先送りすることは、結果的に企業の競争力を損なうリスクを孕んでいます。

 消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)自体は、2020年より11.6%上昇しています。当然、従業員の生活もひっ迫しているのですから、会社としても賃金水準引き上げについての姿勢や考え方を、社員に向けて明示すべきでしょう。具体的には、「2020年以降の定昇を除いたベア分だけで、物価上昇分11.6%をカバーできるだけの賃上げを、早期に実現すること」を当面の目標とすべきだと考えます。

 最低賃金が急激に上がる今般のような状況下では、「初任給だけを引き上げる」、「最低賃金付近の社員だけを調整する」といった対応をする企業が、一定数見受けられます。しかし、こうした“つじつま合わせ”は、職場の信頼関係や社員の納得感を損なうリスクがあります。例えば、初任給を引き上げた結果、既存の若手社員との賃金差が逆転するような事態が起きれば、「なぜ自分は据え置かれているのか」「会社は自分たちの生活をどう考えているのか」といった疑念が生まれかねず、社員の中に不信感が芽生えれば、エンゲージメントの低下や離職につながる可能性も否定できません。

 だからこそ、社員全体の幸せを起点とした制度設計や施策対応が必要となります。社員の生活実感にいかに寄り添い、会社としてどのような姿勢で支えていくのか。その姿勢とは、企業文化や信頼の土台そのものであり、賃金施策は単なるコストではなく、社員との約束であるとともに人材への投資でもあります。

 また、最低賃金の引上げは、賃金カーブ全体の見直しを迫る契機でもあります。若年層の賃金が急激に底上げされる中で既存社員とのバランスを保つには、時に賃金カーブの“傾き”そのものを緩やかにする工夫が求められます。昇給のスピードや昇格のタイミングの見直し、年次や年齢ではなく職務や成果に応じた報酬体系の基盤を確立することも、次代を担う優秀社員の定着に寄与することでしょう。

 最低賃金改定への対応は、社員の幸せを実現するための経営の意思を反映した人事施策として位置付けられなければなりません。社員の生活に想いを馳せることは、経営の本質に立ち返ることでもあります。

そして、本質的な対策は賃金を核とする人事戦略だけに留まりません。基幹をなす事業戦略や生産性向上策(DX推進やAI活用、少人化に向けた設備投資等)、給付金・助成金の活用も含めた総合的な対策が求められているのです。

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