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- 中小企業の新たな法律リスク
- 第54回 『メーカー希望小売価格を無視して自由に価格を決めて良いか?』
家電などの卸売を行っている岡田社長。今回は新しく仕入れることとなる商品の価格について相談に来ました。
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岡田社長:新たに当社が仕入れる高級美容家電についてお聞きしたいのですが。この商品は、人気YouTuberに紹介され、若い女性を中心に高い人気があります。
賛多弁護士:最近ではテレビや雑誌だけではなくYouTubeなどのSNSをキッカケに売れるようになることもありますね。それで、どうされましたか?
岡田社長:実は友人から、メーカーの営業部長さんを紹介してもらったことをきっかけに、直接仕入れさせてもらうことになりました。それだけであれば良い話なのですが、その後営業部長さんから、この商品については機能性やデザイン性が高く特別なものなので、メーカー希望小売価格は〇〇万円です。その値段で販売してくださいと要請されました。これは、守らなければいけないのですか?
賛多弁護士: メーカー希望小売価格は通常の場合、小売業者にとって参考価格を示すだけのものなので特に守る必要はありません。そもそも、小売業者やユーザーは機能性やデザイン性といった要素も考慮して取引価格を検討するのであって、商品価格はメーカーが押しつけるのでは無く、市場の需給によって自ずと定まってくるはずのものです。
岡田社長:やはりそうですよね。でも、メーカーはロット番号から卸売業者が値引きをしていないか調査してて、メーカー希望小売価格を大きく下回るような値引きをしている卸売業者に対しては、値引きの中止を強く迫り、従わない場合には卸売価格の引上げや出荷停止するなんて噂もあります。
賛多弁護士:それが本当だとすれば、商品について卸売業者の販売価格の自由な決定を拘束する「再販売価格維持行為」として独占禁止法に違反する可能性が高いですね。
岡田社長:独占禁止法ですか、大手だけの話かと思ってました。あまり馴染みがないですね。再販売価格について明確に取り決めていたり契約書上に明記されていたりしなくても販売価格を拘束したことになるのですか?
賛多弁護士: 必ずしも取引条件に従うことが契約上の義務になっている必要はなく、何らかの手段によって再販売価格の拘束の実効性が確保されていれば足りると考えられています。この場合だと、調査のうえ要請に従わない場合には卸売価格の引上げや出荷停止等といった不利益をちらつかせているので販売価格を拘束したことになるでしょう。
岡田社長:なるほど、噂が本当だとすれば独占禁止法上問題がありうることは分かりました。実際問題、独占禁止法に違反するとどのような影響があるのでしょうか。
賛多弁護士:調査をして違反行為が認められる場合、公正取引委員会は、そのような弊害が生じる状態を排除する命令(排除措置命令)を出したり、再販売価格維持行為が反復している場合には一定の課徴金を納付する命令(課徴金納付命令)を出したりする場合があります。また、独禁法違反行為に対しては、行為を差し止めるよう請求することや、生じた損害について賠償を請求すること等も定められています。そもそも、独禁法に違反する契約は民事上無効とされる可能性が高いです。
岡田社長:色々な方法によって独占禁止法が守られる仕組みが担保されているのですね。ありがとうございました、また具体的な問題が起きたら相談させてください。
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再販売価格維持行為は商品の価格という競争の中核に制限を加えるものであるため、原則として違法とされます。もっとも、例外的に正当な理由があるとして独占禁止法上問題とならない場合もあります。
例えば、新型コロナウィルス感染症の影響下で需要が急速に拡大したマスクや消毒液のような商品について、小売業者が不当な高価格を設定しないよう期間を限定して、メーカーが小売業者に対して一定の価格以下で販売するよう指示する行為は、消費者の利益の増進が図られることから、正当な理由がある場合にあたります(ただし、かえって商品の小売価格の上昇を招くような場合を除く)。
本文では損害賠償請求と差止請求について触れました。独占禁止法上の損害賠償請求は、排除措置命令が出されたことを前提とするものですが、発生した損害の立証が高いハードルとなりえます。また、差止請求についても、著しい損害の発生またはそのおそれが要求されており、その立証が高いハードルとなります。
※参照資料
流通・取引慣行に関する独占禁止法の指針(第1部第1 再販売価格維持行為)
公正取引委員会HP(新型コロナウィルス感染症への対応のための取組に係る独占禁止法に関するQ&A)
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 桑原 敦