会社のあらゆる目標が達成できる「KPIマネジメント」。リクルート社でこの手法を実践し、新事業スーモカウンターを6年で売上30倍に。その経験を活かし、大手から中小まで指導し実績を出してきた中尾隆一郎氏に、社長として始める前に知っておきたい「KPIマネジメント」の基本と、導入後の会社へのメリットなどについて、お話いただきました。
■中尾隆一郎氏(なかお りゅういちろう)/株式会社中尾マネジメント研究所 代表取締役社長
1964年大阪生まれ。大阪大学工学部卒業。リクルートに29年間勤務。住宅領域の新規事業であるスーモカウンター推進室長として同事業を6年間で売上30倍、店舗数12倍、従業員数を5倍にした立役者。リクルートテクノロジーズ代表取締役社長、リクルート住まいカンパニー執行役員、リクルートワークス研究所副所長を歴任。メディアの学校(同社内大学)の「KPIマネジメント」「数字の読み方・活用の仕方」講師として11年間、受講者1,000名超を担当。19年株式会社中尾マネジメント研究所(NMI)を設立。
専門は事業執行、事業開発、マーケティング、人材採用、組織創り、KPIマネジメント、管理会計など。主な著書に『「数字で考える」は武器になる』(かんき出版)『最高の結果を出すKPIマネジメント』『最高の結果を出すKPI実践ノート』(フォレスト出版)など多数。
「KPI」は「信号」である
企業規模を問わず活用でき、今もご自身で経営に役立つ武器として活用されている「KPI」ですが、まずはじめに「KPI」とは何ですか?
KPIはKey Performance Indicatorという3つの単語の頭文字からなる言葉です。英語ではわかりにくいですが、一言で言えばKPIは「信号」です。何の信号かというと、皆さんの会社や事業が目標に達成できるかどうか、これを事前に知らせてくれる信号です。
皆さんが自動車に乗って、会社の目的地に向かっているのをイメージしてください。自動車に乗っている(事業を行っている)と少し先に交差点があって、そこに信号が見える。信号が青なら、そのまま進んでOK。黄色なら少し注意が必要。赤なら、一度ストップする。今の事業の今の運営のままで、ゴールに辿り着けるかどうかが分かる信号が、KPIです。
信号は「全員にとって分かりやすい」もの
KPIを社長向けと社員向けに説明する場合、それぞれ表現は変わりますか?
社長向けでも社員向けでも説明は全く同じです。
皆で目的地に向かって車を走らせていると、信号が見えてきた。先頭を走る社長しかその信号を見ていないと、いちいち後ろの車に「今、信号は黄色だよ」「赤だよ」と伝えなければいけない。しかも、それを見ていない、聞いていない人がいると、本当は止まるべき時に交差点に突っ込んで事故を起こしてしまうかも知れません。
信号は、全員がいつ見ても即座に何色か分からなければダメです。だから、社長、部長、新入社員、アルバイト…誰であろうと説明は一緒。運用も同じでなくてはなりません。
KPIは、その会社が「いま」やるべき行動を数値目標にしたものです。そしてKPIとして決めるのは「ひとつだけ」。だから分かりやすく、小回りが効くものです。多くの社長が、KPIマネジメントを複数の数値管理と勘違いしていますが、「ひとつ」です。分かりやすいひとつに絞ると、会社の皆が「自律自転」し始めます。
わかりやすいと、動きやすい。動きやすいと、仕事が楽しい。
「自律自転」というキーワードが出てきましたが、これはどういう意味ですか?
「自律自転」は、自分で考え、自分で判断して行動できる、という意味で使っています。全員がこの状態になると、どんどん改善できて、どんどんノウハウが溜まっていきます。とても良い組織の状態です。
自律自転の反対の状態は「指示待ち」です。言われないと動かない、動けない。言われたことしかやらない。傍から見ればそうかも知れませんが、指示待ちの人はなぜ指示を待っているのでしょうか?それは「何をすればいいかわかっていない」からです。何をすればよいかが明確にわかっていれば、これまで指示待ち人間だった人が、自律自転の人に変われるのです。
これまで「仕事ができない人」だと思っていた人も、もしかしたら本人の能力以上に、指示や環境のせいで伸び悩んでいるだけかも知れない、と考えることがリーダーの役割です。分かりやすい指示や目標があれば、そこに向かって自分で考え、工夫して挑戦し始めることができるようになります。少しの工夫と環境が、人を変えるのです。
そうなってくると、皆イキイキと楽しみながら仕事ができるようになります。正しい方向に向かって仕事をしているので、成果もでやすい。すると仕事がもっと楽しくなります。
会社の価値は「人で決まる」と考えている社長であれば、この良いループに入るととても嬉しいはずです。仕事の成果が目に見えて現れるので社員も楽しい。結果が出て業績が上がるので社長も嬉しい。そんな会社に自然となっていきます。これがKPIマネジメントの本領です。
さらに、そんな会社であれば、一緒に働きたいと思うのは当然ですよね。当然、会社の採用力も自然と上がっていきます。
追いかける指標が「ひとつ」だから、素早く、正確に振り返りができる
経営には色々な要素がつきまといます。実際KPIをひとつに絞るというのはできるものでしょうか。
「KPIを本当にひとつに絞れるだろうか?」「ひとつに絞ってうまく行かなかったときどうしよう?」という不安は、実際によくお聞きしますし、非常によくわかります。
ここで考えて欲しいのは、「本当に多くの指標を追いかければ、ビジネスの成果に繋がるのか?」ということです。
ビジネスの成功確率を高めるには、何か行動したあとに「正しく振り返ること」が大切です。成功したら、その要因を確かめて、次もうまくいくように再現性を高める。失敗した場合は、その原因を理解することで再発防止につなげる。両方の振り返りができる組織が、成長し続ける組織です。
例えばKPIを5つ決めて現場に指示したとします。すると現場は、とても5つは無理!と「できそうないくつか」に勝手に絞ってしまいます。しかし、その事実は報告できないので、「全部やりました」と言うでしょう。すると、その行動がうまくいってもいかなくても、その「原因」を正しく理解することができず、次につながりません。
でも指標がひとつであれば、成功しても失敗しても原因は1択のみ。一切迷わず原因が特定できます。さらに行動後の振り返る習慣がつくと、そのサイクルも次第に速くなります。徐々に会社の状況も変わっていくので、KPIは都度変えればよいのです。なにより、素早く正確に振り返りができる組織は、どんどん強くなっていくことができます。
皆様の会社を「KPIマネジメント」で、全員が楽しみながら結果を出せる、強い組織にしていだければ嬉しいです。
(このインタビュー記事は、日本経営合理化協会オーディオ・ヴィジュアル局の経営教材をご愛顧いただいている方向けにお送りしている「ビジネス見聞録」に掲載したものです)